『CURE』『叫』で知られるホラーの名匠・黒沢清が、トウキョウの現在を舞台に、
バラバラに零れ落ちていく家族の肖像と、その果てに仄かに芽吹く希望とを描く。
今年のカンヌ国際映画祭では「ある視点」部門審査員賞を受賞。
マイホームも手に入れ、子どもたちは自由に育ち、
父親の威厳も、夫婦関係も、いまのところは別に問題なし。
彼らはトウキョウに暮らす理想的な家庭、のはずだった。
でも、その火種は、
もうずっと前からくすぶり続けていたのかもしれない。
父(香川照之)は会社にリストラされたことを家族に切り出せず、
大学生の長男(小柳友)は実態ある生き方を求めてアメリカ軍に志願し、
母(小泉今日子)は家族の誰にも相手にされない孤独に埋もれ、
そして小学生の次男(井之脇海)は、給食費をレッスン費に充てて、
ひとりこっそりとピアノを習う---
それが現状。家族の”本当の姿”・・・。
眩いばかりの透明感の中で、コミカルとシリアスの狭間をたゆたうように、
物語が浮遊していく。そして香川照之の慌てた素振りに思わず笑いが
こみ上げたかと思うと、次の瞬間には胸に突き刺さるほどの顛末が待っている。
そういう時、改めて思い知る
黒沢清といえば日本を代表するホラーの名手だったのだと。
これまでの黒沢作品とは明らかに気色の違うこの「ホームドラマ」は、
ひとつひとつの演出がコメディからホラーに至るまでの、実に広い振れ幅で
揺れ動く。先の読めない演出が余分な脂肪分を削ぎ落とし、
観客に付け入る隙を与えない。
そういう趣向が寄り集まって奏でる”ストーリー”という名の音色は、
“ソナタ”どころか、ピアノの調律音のようにバラバラで、
いつも不気味で、不安定。
この黒沢流ダークサイドを楽しむ一方、それがいつしか少しずつ音を繋げ、
和音を取り戻し、本当にささやかなメロディを刻みはじめる幸福を、
本作は言葉でなく、世界共通の”映像言語”で伝えようとする。
まるで心の扉が解き放たれたかのようなこの爽快感に、観客は
『トウキョウソナタ』が伝える微かな、しかし確かな希望を
受け取ることだろう。
ちなみに、香川照之、小泉今日子、津田寛治、役所広司など、
これ以上はないキャストの中、次男の担任役を演じるアンジャッシュの
児嶋一哉には要注目だ。
とある出来事をきっかけに生徒から学級崩壊の制裁を浴びる彼。
短い出演シーンながら、これほど鮮烈なイメージを残せる逸材はそういない。
これは映画界にとって思わぬ収穫となるかもしれない。
映画「トウキョウソナタ」オフィシャルサイト
http://tokyosonata.com/index.html
ボクんち、不協和音。
9月27日(土)、
恵比寿ガーデンシネマ、シネカノン有楽町一丁目(レイトショー)他にて全国公開
(C) 2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会
【映画ライター】牛津厚信