アリス・イン・ワンダーランド

世界はもう、マトモではいられない…。

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やはりティム・バートンの世界だった。ルイス・キャロルが著した「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」から約13年後、19歳に成長したアリスは、年齢、性差、階級など、数々の人生のプレッシャーにさらされ、白うさぎの懐中時計のカチコチに追い立てられるかのように穴のなかへ。その逆ベクトルに乗せて堰を切ったように3D世界を膨張させていく。『アバター』が繰り返される侵略史の中で人間の姿を浮き彫り(3D化)にしたように、3D効果は『アリス』でもそれなりに存在理由を明確化させているわけだ。

とはいえ、本作はまずティム・バートンが2Dで撮り上げ、それを後から3Dへと変換したもの。個人的には、立体演出が巧く効いている部分と、そうでない部分との落差があるように思えた。その映像的インパクトは撮影段階から3Dに特化して進められた『アバター』と比べれば当然色あせる。

しかし反面、純然たるファミリー映画とはいえ、その隠れ蓑の合間から濃厚なティム・バートン色がおのずと現前化して迫ってくるのは嬉しい限りだ。とくに狂騒の宴を貫く「私はまともなのか?それとも異常なのか?」という切実な問いかけには思わず胸が詰まる。

alice_img1.jpg赤の女王と白の女王、両陣営によって引き裂かれたこの国(アンダーランド)で、何が正気なのかもわからなくなって不安と狂気に苛まれるマッドハッター(ジョニー・デップ)のキャラクターなど、ジョニーありきで進められた企画とはいえ、よくここまで膨らませたものだと感心する。ジャック・スパロウともチョコレート工場のウィリー・ウォンカとも似て非なる存在。最初は狂気の男かと思われた彼が、徐々に我々の身近な人間に思えてくるアプローチに多少なりともドキッとしてしまう。

そして、クライマックスのあの演出・・・。もしかしてハッターのモデルは昨年急逝したあの人なのか?

善良キャラと思われがちな白の女王(アン・ハサウェイ)だって、その病的な動きや白塗りの表情からはひどく危うげなものが感じられ、むしろ体内の苦々しい想いをすべて吐き出した赤の女王(ヘレナ・ボナム・カーター)のほうがよっぽど素直で健康的なんじゃないかとも思える。

他にもキャラは盛りだくさん。CGキャラにもアラン・リックマンやマイケル・シーン、スティーヴン・フライなど英国俳優による聴きなれた声が潜む。「リトル・ブリテン」で大人気のマット・ルーカスも憎々しい双子の子供に分身して登場。

一方、彼らが暮らす極めて他力本願なこのアンダーランド(ワンダーランドではなく)において、かつての冒険では”受け身”だった6歳アリスは、今や剣を手に”能動的”にこの国を突き動かそうとする。現実世界でプレッシャーにあえぐ自分自身を、おもいっきり奮い立たせようとするかのように。

そして、かつてのアリスを無償の安らぎで包み込んだ父の言葉が、めぐりめぐって不思議の国でも口にされていく見事な構成は、異化なるものを心から慈しむティム・バートンなればこそ。彼自身がこの言葉につき従うかのように映画作りを続けてきたことが、フィクションとはいえ無性に伝わってくる。

かくして「アリス」は「闘う少女の物語」にかたちを変えた。ティム・バートン作品として飛びぬけて一番とは言えないが、その爽快感でいえば最たるもの。また、『ビッグ・フィッシュ』『チャーリーとチョコレート工場』がバートンからすべての男の子へ贈られた映画だったとするなら、対する本作はすべての女の子に贈られた奇異なる映画として、燦然と輝く存在といえる。

そして大人も子供も、男の子も女の子も、劇場を出る時みんな胸を張ってこう思うだろう。

「ああ、まともじゃないって素晴らしい!」と。

「アリス・イン・ワンダーランド」
2010年 アメリカ映画
カラー 109分

【スタッフ】
監督: ティム・バートン
原作: ルイス・キャロル
脚本: リンダ・ウールヴァートン
音楽: ダニー・エルフマン

【キャスト】
ミア・ワシコウスカ
ジョニー・デップ
ヘレナ・ボナム=カーター
アン・ハサウェイ

配給: ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン

©Disney Enterprises,
Inc. All rights reserved.

2010417日(土)より全国ロードショー
公式HP:http://www.disney.co.jp/movies/alice/

【映画ライター】牛津厚信

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2010年4月22日 by p-movie.com

マイレージ、マイライフ

“現代”を鮮やかに照射

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ADSLが普及し始めた頃、あるクラシック音楽の雑誌に原稿を送ったら、当日レイアウトがFAXで送られた事があった。もうパソコン無しでは仕事は出来ないなと感じたが、案の定、予感は的中。今は、メール入稿ばかりで、編集者と直接会う機会は皆無となった。これが現代の社会なのだろうが、何となく味気なく感じている方も少なくないだろう。
本作は、そんな時代を如実に捉えたタイムリーな作品。主人公は、リストラされる人たちに解雇を告げるため全米を飛び回る男ライアン・ビンガム。この”飛び回る”という表現は誇張でもなんでもなく、実際彼は年間322日も出張し、航空会社のマイレージを1000万マイル貯める事を目標にしている。何しろ、彼の人生哲学は、”バックパックに入らない荷物はいっさい背負わない”ことなのだ!
そんなライアンに二つの出会いが訪れる。ひとつは、自分と同じように出張で各地を飛び回るキャリアウーマン、アレックス。二人は早速意気投合し、ベッドイン。勿論、お互いを干渉せず、距離を置いて付き合う気軽な”大人の関係”だ。もうひとつは、ボスのクレイグから紹介された新入社員のナタリー。ネット世代の彼女は、ネット上で解雇通知を行い、出張を廃止するというとんでもない案を提出する。ライアンの立場と目標1000万マイルを危うくする元凶のこの小娘の教育係となった彼は、徹底的に実践的なやり方を教え込み、衝突を繰り返す。だが、実際にリストラを告げ、リストラされる人々の人生の重さに直接触れると、若い彼女の心には波風が吹き始める。それは、恋人からメール1本で別れを告げられた事で、頂点に達した。
そんな時、ライアン、アレックス、ナタリーは初めて3人で邂逅する。アレックスに15年後の自分の目標を見出したナタリーの一言が、ライアンの心に、それまで感じたことのなかった何かをもたらすが…。

粋でスマートな現代の寓話

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必要最小限の荷物だけをバックパックに詰め、無駄のない動きで空港のゲートを潜り抜ける。ホテルでは行列を尻目に会員専用デスクでチェックイン。そんなライアンの日常を軽快なテンポで描いたオープニングの心地良いリズムにまず引き込まれる。そのスピーディで快適なイメージは、まさしく”現代社会”そのもの!カリカチュアされたコミカルな描写の中に現代を活写するジェイソン・ライトマン(「サンキュー・スモーキング」「JUNO/ジュノ」)ならではの知的な作風が凝縮された粋でスマートなプロローグであリ、それが作品全体のトーンを形成している。
そんなスマートな生活に徹し、人との関わりを持たずに生きようとするライアンの心の軌跡。妹の結婚式に出席すべく、アレックスと共に久しぶりに郷里に戻った彼に戸惑う疎遠だった家族たち。彼がリストラを宣告する人々。様々な人間との出会いが、彼の心に”人と本当につながる”事への欲求を沸き起こしていく…。
その過程で彼が遭遇する多くの問題ーリストラ、転職、ネット社会、人間関係、結婚、シングルライフ、ポイント生活、依存症。それらはいずれも、現代社会に生きるすべての人々が遭遇するアクチュアルなものばかりで、ライトマンの”我々の生きる時代”への鋭い感性を感じさせる。そして、それは、アメリカ映画が世界のトップを走る原動力である”常に時代を見つめ、呼吸し続ける”アクチュアルな現代性と見事に合致するのである。
だが、本作は、従来のハリウッド的作品とは異なり、必ずしも万人に幸福感をもたらす展開になっていない。その代わり、ライアンの心象風景を通じて、観客一人一人が、”現代”を、そして”いまを生きる”自分自身を見つめ直し、見終わった後に、日々の生活にほんの少し優しい眼差しを注げる。そんな一服の清涼剤のような味わいを感じさせる作品に仕上がっている。

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ライアン役はジョージ・クルーニー。等身大の役柄を人間味豊かに演じ、役者として脂の乗り切った好演を見せる。何にしろ、大スター・クルーニーを使い、ライトマンという若い才能に、ハリウッド作品とは一味も二味も違う作品を撮らせてしまうのだから、アメリカ映画界の底力は、まだまだ衰えていないようだ。

「マイレージ、マイライフ」
2009年 アメリカ映画
カラー 109分 

監督/ジェイソン・ライトマン 
製作総指揮/トム・ポロック、ジョー・メジャック、テッド・グリフィン、マイケル・ビューグ
製作/ジェイソン・ライトマン、アイヴァン・ライトマン
原作/ウォルター・カーン 
脚本/ジェーソン・ライトマン、シェルドン・ターナー 
撮影/エリック・スティールバーグ
音楽/ロルフ・ケント
出演/ジョージ・クルーニー、ジェイソン・ベイトマン、ヴェラ・ファーミガ、アナ・ケンドリック、
    ジェイソン・ベイトマン、メラニー・リンスキー、サム・エリオット、J・K・シモンズ、
    ザック・ガリフィアナキス 

配給:パラマウント・ピクハーズ
2010年3月20日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開

公式HP:http://www.mile-life.jp/

【映画ライター】渡辺稔之

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2010年3月18日 by p-movie.com

桃まつり 参のうそ

女性監督による競作短編集『桃まつり presents うそ』。その第3プログラム「参のうそ」(3月22~26日上映)より全4本をご紹介。

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玉城陽子監督の『1-2-3-4』では、ブルースのカウントを取るかのようなタイトルと共に、4人の男女の10年史が語られる。それぞれがアートを志し同じ屋根の下で生活を共にしていたあの頃。そして思い描いていた絵とはかなり違うものになった今現在。短編のキャパシティを越え、どんどんバックグラウンドが広がり、たった25分のうちに映画のタイムマシン機能が10年間の移ろいをしっかりと根付かせる。過去と現在との邂逅に、さりげなく弾き語りが持ち込まれるのも絶妙だ。その瞬間、役者の表情を克明にとらえるカメラワークにも注目。『桃まつり』全編を通してこの作品にいちばん心を動かされた。

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『代理人会議』は石毛麻梨子&大木萠による共同監督作。彼女らは映画学校の卒業生と、ジャーナリスト学校の卒業生。なるほど、ふたつの才能が合わさるとこんな映画が出来上がるのか。とある事件のマスコミ対応をめぐる会議を舞台に会話劇が続く。参加者がみんな代理人ばかりという日本人にありがちな「主体性のなさ」も鋭い。ほぼワン・シチュエーションにとどまるので、議題となる事件の経過などを具体化するのは多少の困難が伴うが、そのハードルも含めて三谷幸喜の「12人の優しい日本人」にオマージュを捧げているかのよう。でも最後は、やっぱり事件は現場ではなく、会議室で起こるのだった。

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安川有果監督の『カノジョは大丈夫』は、着地点を定まらぬ取りとめのないストーリーが濁った水のように流れていく奇妙な作品。前野朋哉演じる主人公のついついイジメたくなってしまう佇まいには負のオーラがメラメラと見てとれ、彼の生活にいつの間にか入り込み飄々と抜け出していくヒロイン前野鏡子の宇宙人的なキャラクターにも並々ならぬ生命力を感じる。そうそうこんな映画、最近皆観たばかりだったのだ。『(500)日のサマー』。出演者の見てくれは全く違うが、主観を剥ぎ取りさえすれば『サマー』も実際はこんな泥臭くリアルな話だったかもしれない。ひとつの可能性として。

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福井早野香監督の『離さないで』は、女性作家のもとへ届いた匿名の手紙が学生時代の「真相」を告げるミステリー。主人公はそれを基に一編の小説を書きはじめるが、筆を進めるごとに恋人の態度が豹変していくのを感じる。小手先の演出に頼らず、的確なカットとカットの繋ぎ、重厚な演出の流れが緊張感を持続させていく。作家はとくに何も手を汚すことなく、ただ文章をしたためるのみで、恋人を追い詰めていく。「あなたこれからどうするの?」という問いに対して彼女が返す言葉、「書くしかないわ」。これがそのまま「撮るしかないわ」という女性監督の決意表明のようにも響く。


桃まつり 参のうそ

めくるめく11の”うそ”がはじまるー!!

公式サイトアドレス
http://www.momomatsuri.com/
3月13日(土)~26日(金)渋谷ユーロスペースにて、レイトロードショー

【映画ライター】牛津厚信

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2010年3月17日 by p-movie.com

桃まつり 弐のうそ

女性監督による競作短編集『桃まつり presents うそ』。その第2プログラム「弐のうそ」(3月18~21日上映)より全3本をご紹介。

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艶めかしいオープニングから始まる朝倉加葉子監督の『きみをよんでるよ』は、「あふれ出す言葉」と「サイレント」の対比を用いてストーリーを紡ぐ。父娘とうそぶく歳の離れた男女を、別荘の管理人は無言で迎え入れるのだが・・・。一言もセリフを発しない青年役、高木公介の素朴な表情とニュートラルな佇まいが、そこで語られる男女の”嘘”を虚しく響かせ、いつしか彼の存在自体が二人の関係を中和する「鍵」のようにも思えてくる。とはいえボンクラな私としては、ここで描かれる男女の関係がどのくらい憔悴しているのか、彼女が求める最終的な愛のかたちは何なのか、いまひとつ掴めなかった。それは同時に私が、劇中の中年男の心情と深刻なシンクロを果たしてることを示し、それはそれで、この作品のもつ力と言えるのかもしれない。

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自主製作ホラーとくればサム・ライミの『死霊のはらわた』は外せないし、最近ではたった7500円足らずで作られた英国ホラー『コリン』も映画界を湧かせたが、加藤麻矢監督の『FALLING』は女ヴァンパイア物。しかもそこに、いつ切って捨てられるか分からない派遣社員の悲哀さえも生み付けている。この手のジャンルムービーでは、もう一味オリジナルな狂気&ボルテージを加味した編集とカメラワークが追究されてしかるべきだが、本作はそんな期待などどこ吹く風で、中盤から何故か80年代TVドラマを思わせるキミョーな袋小路へと観客をいざなっていく。十字架、流血、後輩イビリ、そしてピアノを弾く女(!)。この食べ合わせの妙が異様な後味を残す一作だった。

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渡辺裕子監督の『愚か者は誰だ』は、事務所社長と女優と演出家と探偵の4すくみ劇。浮気性な女に振り回され、部屋から部屋、街の車道を這いつくばるように尾行し、尾行されつづける彼らが辿りつく先は、香港映画を思わせるようなビルの屋上だ。このあたりの動線の貼り方が巧い。よくもこんなロケーションが確保できたものだ。抜けるような青空の下で逃げも隠れも出来なくなった彼らが興じる”命がけのゲーム”のどこか運動会にも似た安っぽさ。その緊張感と哀愁を補強する役者陣それぞれのハーモニーが的確に抽出されていて安心して観れる。演劇的、箴言めいたセリフをさらりと口にする役者の力も大きい。

桃まつり 弐のうそ
めくるめく11の”うそ”がはじまるー!!

公式サイトアドレス
http://www.momomatsuri.com/
3月13日(土)~26日(金)渋谷ユーロスペースにて、レイトロードショー

【映画ライター】牛津厚信

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2010年3月17日 by p-movie.com

桃まつり 壱のうそ

女性監督の数は絶対的に少ない。しかしこれは大きなチャンスでもあるのだと、短編競作『桃まつり』(3月13日~26日、ユーロスペースにてレイト公開)を見ながら気付かされた。

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仮に男ばかりの競演を「男まつり」と称したところで、誰の食指も動くまい。女性監督の実力と感性がひとたび観客の心を鷲づかんだなら、彼女たちは手ごわい。並居る凡才な男たちをなぎ倒し、一気に全国区へ駆け上がっていける。『ディア・ドクター』の西川美和しかり、『めがね』の荻上直子しかり、『ウルトラ・ラブ・ストーリー』の横浜聡子しかり、ついでにオスカー受賞作『ハート・ロッカー』のキャスリン・ビグロー監督もその仲間に編纂してしまおう。

必要なのはチャンスだ。作品をより多くの観客の眼前へと提示し、ブログや口コミで忌憚なき感想を放出され、絶賛と酷評のレビュー濁流に呑み込まれるチャンス。女性監督11人による競作集『桃まつり』はその絶好の見本市と言えよう。製作費の高低はあまり問題ではない。なぜならクリエイターの本質とは、根源的に無から何かを創出することでもあるから。各々の才能の片鱗が誤魔化しなく刻印されているのは、その中からダイヤの原石を見つけたい僕らにとって幸運ですらある。

そして世の中「不況、不況」の大合唱が続いているが、どんな業種でも苦境にこそハングリー精神あふれる凄い新人が現れるものと相場が決まっている。この法則は映画業界でも変わるまい。さて、この11人のなかから将来的に飛び出してくるのは誰か。我々もプロデューサーにでもなったつもりで、その可能性の胚芽を見つめ、育ててみよう。

以下、3月13日~17日の上映プログラム『桃まつり~壱のうそ~』各作品をレビューする。

momomatsuri1_2.jpg「壱のうそ」は竹本直美監督の『迷い家』で幕をあける。青年が彷徨う森と、その中にひっそりと佇む家屋。精霊のように現れる女性。暗闇に差し込む光が職人の技のごとく作品を貫き、その陽光が段々と翳っていく様があたかも”少年の日”の終わりを暗示しているかのよう。では青年が井戸のなかに見つけたものは何だったのか。エロス的な解釈もできそうだ。ともあれ、漱石の「夢十夜」のひとつに編纂してしまいたい一作。観賞後も耳にずっと残る神秘的なSEや音楽にも注目したい。

momomatsuri1_3.jpg増田佑可監督の『バーブの点滅と』は、つい先日、寺島しのぶがベルリンで女優賞を獲得した『キャタピラー』を想起してしまうような江戸川乱歩的な発想を、触感やわらかな四畳半SFとして昇華する。出したり、入れたり、吸い込んだり、吸い込まれたり。文学的な響きのモノローグがいささか先行してしまうので、これをいかに映像のみ力へとシフトし観客の心に伝えるか。その点を追究していくと、同じアイディアがとんでもない傑作長編へ化けそうな気がする。

momomatsuri1_4.jpg福本明日香監督の『shoelace』は、親子ほど歳の離れたふたりの女性と、その狭間を漂う杉山彦々を絶妙に配置したドラマ。一見、気の重くなる昼ドラ的なシチュエーションにサッと春風の吹きこんでくるかのようなアクション(動作)を盛り込み、人と人との関係性が刻一刻と新たに更新されていく様子が伝わってくる。タイトルは「靴紐」。これは自然にほどけるのではなく、他者との新たな関係性を求めて自ら胸の内を緩め「準備OK」を示す合図のようにも思えた。

momomatsuri1_5.jpgそしてトリを務めるのは『テクニカラー』。ひなびたバーでマジックショーのどさ回りを続ける母娘。大きなバッグを引きずり長い階段を下りる冒頭シークエンスだけで思わず心掴まれ、30分間、呼吸一息でストーリーが軽快に貫かれる。黒沢清作品のミューズ洞口依子と新生・小野ゆり子の絶妙なコンビネーションもさることながら、脇の役者陣もそれぞれのキャラがバランス良く要所を担う。

監督は『携帯彼氏』で長編劇場作デビューを果たした船曳真珠。撮影には『パビリオン山椒魚』『亀虫』など富永作品や『ランニング・オン・エンプティ』などを手掛ける月永雄太。絡みつくような怪しい映像美に折り重なる独特のリズム感が心地よい混乱を誘う。「テクニカラー」というよくわからないタイトルも、観賞後にはどうにもシックリきてしまう。これは何度も観たくなる逸品。


桃まつり 壱のうそ

めくるめく11の”うそ”がはじまるー!!

公式サイトアドレス
http://www.momomatsuri.com/
3月13日(土)~26日(金)渋谷ユーロスペースにて、レイトロードショー

【映画ライター】牛津厚信

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2010年3月15日 by p-movie.com