愛が訪れる時(東京フィルメックス 2010.12.06)

東京フィルメックスのコンペティション部門にて『愛が訪れる時』が上映された。『最愛の夏』『お父さん、元気?』などで知られる台湾の名匠チャン・ツォーチ監督による本作は、台湾版アカデミー賞にあたる「金馬奨」最優秀作品賞を受賞したばかり。会場には大勢の観客が駆けつけ祝福ムードに包まれていた。

映画の舞台は台北。カメラはとある大家族の経営する飲食店をたゆたうように映し出す。それぞれの面々を捉えたあと、観客の目線は出産間近の母親の巨大なお腹へ。一歩、二歩、進むごとに表情は険しさを増す。きた!陣痛が始まる!店内はもう大騒動。やがて響く産声。本作は、かくも新しい生命の誕生と共に、めでたく幕を開けていく―。

だが、祝福される生命もあれば、一方には自分が望まれずに生まれてきたと感じる者もいる。年頃の少女ライチュンもその一人。彼女はことあるごとに家族と衝突し、やや暴走気味に若さをむさぼる。そして、いつしか予期せぬ妊娠に見舞われることに―。

責任の伴わない行為に家族からは怒号が飛ぶ。が、それでも彼女は産む、と宣言する。いつしか家族も根負けする。子育てに忙しい母、飲んだくれてばかりの父、ガミガミと叱り飛ばす叔母さん、自閉症を患って絵ばかり描いている伯父さん、いつも穏やかなお祖父ちゃん・・・そして日に日に大きくなっていくお腹。胎内で潮の満ちていく周期と同調するかのように、家族の過去や複雑な関係性が少しずつ紐解かれ、観客へと提示されていく。

ここからが本作の本領発揮だ。まさに心に打ち寄せる珠玉のエピソードの波状攻撃。中盤以降、この勢いが止まらない。鳴りやまない音楽の連なりに合わせ、観客は徐々に静かな感動の渦へと身を預けていくことになる。

ときにチカラ技と受け取れる場面もあるだろう。だがその後にはフッと肩の力の抜けた場面がフォローに入る。嗚咽の後には優しい抱擁が待っている。誰かが孤独ならば他の誰かが支えてくれる。それが家族。ほんとうに面倒くさくて、しかしその誰もが大切な存在。オーソドックスだが誰もが共感せずにいられないテーマをここまで丁寧に織り込んでいけたのもチャン・ツォーチ監督の卓越した演出力の成せる業と言えそうだ。

上映後にはチャン・ツォーチ監督をはじめ、主役ライチュン役のリー・イージェ、妹役のリー・ピンイン、伯父アジェ役のガオ・モンジェが登壇。それぞれの役づくりにまつわる裏話を披露した。撮影中、17歳だったというイージェはこう語る。

「私が演じたラオチュンは、ベッドシーンや家族との大喧嘩、パパイヤの木に八つ当たりして叩き折ったり、出産シーンもあった。すべてが未知の体験で本当に大変でしたが、みんなの支えがあって何とか乗り越えられました」

また役作りにおいてモンジェに与えられた課題ついては、ツォーチ監督自らがこう打ち明けた。

「彼の演じるアジェは何時間でも部屋に閉じこもって絵を描き続けるという人物です。彼になりきってもらうためにモンジェには一カ月ほどずっと部屋に閉じこもって、あまり人としゃべらず、ただひたすら絵を描き続けてもらった。劇中に登場する絵?ああ、あれはすべて本当に彼が自分で描いたものなんですよ」

その絵画はまるで人間の純粋さの結晶のごとく観客の心に深い味わいを残す。映画の感動冷めやらぬ客席からはモンジェの役づくりに対して温かい拍手が送られ、彼もまたそれに穏やかな笑顔で応えていた。


『愛が訪れる時』 When Love Comes / 當愛來的時候
台湾 / 2010 / 108分
監督:チャン・ツォーチ (CHANG Tso chi)

公式サイトアドレス http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月6日 by p-movie.com

密告者(東京フィルメックス 2010.12.06)

東京フィルメックスにダンテ・ラム監督のクライム・アクション映画『密告者』がお目見えした。

会場に足を踏み入れて驚いたのは、その観客の多さだった。終映時間が23時を越えるにも関わらず客席の8割が埋まっている。これまでジョニー・トー、ヤウ・ナイホイ、ソイ・チェンらを紹介してきた「フィルメックス香港アクション&サスペンス枠」は今なおそのブランド力を発揮しつづけているようだ。

本作は貴金属店を狙う凶悪強盗団を一網打尽にすべく送りこまれたひとりの密告者(内通者)と、彼と連絡を取り合う刑事をめぐる手に汗握るアクションだ。

『ブレイキング・ニュース』『エグザイル』『コネクテッド』などの熱い演技で知られるニック・チョンが、今回は黒ブチ眼鏡をかけ外見はクールにその分、内面で激しく想いをたぎらせる。また、ニコラス・ツェーがスキンヘッドで密告者役を、台湾女優グイ・ルンメイがこれまでとはガラリと印象を変えた犯罪者役で登場するなど、そのキャスティングにも見ごたえたっぷり。

それに香港アクションといえば、もはやお馴染みとなりつつある市街地ロケの生々しさはこの映画でも相変わらずだ。ひょんなことから巡りあった密告者とひとりの女性とが手を取り合って警察の追跡を交わしていくシーンでも、歩道には溢れかえるほどの群衆が「何事か?」とその様子を眺めやり、もはや彼らがエキストラなのか本当の通行人なのか皆目分からない。そんな予想不可能性すら包含しながら、無軌道に膨張していくのも醍醐味のひとつ。

また、いざという見せ場に及ぶと、これがダンテ・ラムのお家芸なのか、どんどん閉所へと追い込まれていく独特の息苦しさが襲い来る。駐車場の車両と車両の狭間で身動きが取れなくなっていく窮屈感、廃校にておびただしい数の机や椅子を懸命にかき分けて逃げ道を開拓せざるを得ない絶望感など、これまで「アクションは広い場所で撮るもの」とされてきた常識を覆す新たな演出の妙を垣間見た想いがする。なので、悪役キャラの弱さと、時に話を詰め込み過ぎて「あれ?」と首を傾げてしまうのもご愛敬といったところか。

中国本土に押され気味の香港映画界だが、こんな崖っぷちだからこそこれからもちょっと変わったアクションの形が多数輩出されていきそうだ。変貌していく街並み、そこで巻き起こるエンタテインメントの息遣いを、また来年もフィルメックスで伝えてほしい。

『密告者』 The Stool Pigeon / 綫人
香港 / 2010 / 112分
監督:ダンテ・ラム (Dante LAM / 林超賢)

公式サイトアドレス http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月6日 by p-movie.com

The Depths(東京フィルメックス 2010.12.01)

東京フィルメックスの特別招待作品として濱口竜介監督の『The Depths』が上映された。会場には濱口監督の前作『PASSION』に魅了された人やキム・ミンジュンさんをはじめとする出演者のファンの方々が期待を胸に多数詰めかけていた。

本作は東京藝大大学院と韓国国立映画アカデミーが共同で製作。2校間で行われたコンペでこの脚本が選ばれ、その後、濱口監督に「やってみないか?」と声がかかったという。

作中では韓国語と日本語、ふたつの言語が乱れ飛ぶ。そしてなにかと“関係性”について考えさせられる。男と女、男と男、女と女、写真家と被写体、対向車線。それらは互いに並走し、交錯し、離反していく。またその一連の過程はカメラを介した「観察し、照準を合わせ、撮る」という儀式的動作とも連動し、呼吸を同じくしているように思えた。

主人公は韓国人の写真家ぺファン。親友の婚礼のために来日した彼が空港から都心部へ向かう列車内で映画は幕を開ける。おもむろに外へ向けられるカメラ。ファインダー越しに映る車窓の風景。続くシャッター音。写真家という神の視点によって、街の風景が次々と切り取られていく。

披露宴は新婦の逃亡でお通夜のような転調を余儀なくされた。彼女はこともあろうに女の恋人と共に式場を去ったのだった。それを間近で目撃しながら親友に打ち明けられないぺファン。いやそれよりも彼は、新婦が去りゆくなか、眼前を風のように通り抜けていった青年の相貌が忘れられない。あのとき、彼は無心でシャッターを切った。そして運命のいたずらはふたたび彼らを結びつけることに。。。

監督によるとdepthとはカメラ用語の“深度”を意味し、それに複数形のsをつけると今度は“人の心の奥底”という意味に転じるのだという。このタイトル通り、すべての俳優がキャラクターに照準を合わせ、心の奥底を剥きだしにして、覚悟を決めて役を演じきっている。

またQ&Aで村上淳さんは監督の力量をこう表現した。

「濱口監督の傑出した才能のウワサはずっと聴いてたんですが、今回はじめて一緒に仕事してみて本当に映画と真っ直ぐに向き合ってる監督だなと感じましたね。何よりも『よーい、スタート!』の声がデカイんですよ。これってすごく大切なこと。俳優にとって実に頼もしい存在に思えました」

今後、濱口監督が日本の映画界を牽引していく存在になる過程をしかと注視していきたい。

『The Depths』The Depths
日本、韓国 / 2010 / 121分
監督:濱口竜介 (HAMAGUCHI Ryusuke)

公式サイト http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月2日 by p-movie.com

アンチ・ガス・スキン(東京フィルメックス 2010.12.01)

東京フィルメックスのコンペ部門にて上映された『アンチ・ガス・スキン』は“恐るべき子供たち”とも呼ばれるキム兄弟が監督を手掛けた異色作だ。ホラーともコメディともナイトメアとも受け取れるこの映画の風体に詰めかけた観客も大いに身をのけぞらせた。

映画はまず不気味なガスマスクを被った殺人鬼の姿を映し出す。その表情は全く見えない。それが人間なのか否なのかさえ分からない。ただ彼(または彼女)の手にした刃物からは、一滴、また一滴と血が滴り落ちている。

殺人鬼は一向に捕まらなかった。貼り出された「指名手配」の人相書きが人々の恐怖を極限まで煽りたてる中、顔に毛が生えたオオカミ少女、ソウル市長候補、スーパーマンになりたいカンフー青年、そして米軍兵士といった4人の主人公たちが、それぞれに激しいパラノイアに蝕まれていく―。

正直、この映画のラストは誰しもの想像を越えた大暴走が展開する。これに付いていけるか、否か、あるいは理解できるか、否か。そういう観客の好みが大きく分かれるところこそ、実は監督の大切な想いや自我が埋め込まれたポイントだったりするわけで、フィルメックスの観客たちもそういう作家主義の特性を充分理解して祝福している様子だった。


それゆえQ&Aではお客さんの問いかけによって作品に込められた監督の意図が次々と明らかになり、ベールが一枚一枚と剥がされ、作品の足元が少しずつ定まっていくのを感じることができた。

なるほど、これは監督から見た韓国の姿だったようだ。

そこには無数の心的、外的問題を抱えながら、そのパラノイアを克服しようと悶え苦しむ国民の姿が投影されている。米軍問題、牛肉問題、政治的、社会的、家族的、宗教的なテーマの数々。そして結論的には「我々が抱えている憎悪の対象はあまりにも実態がない。あるいはあまりにも対象が広大すぎて、特定することが困難だ」というメッセージに行きつくようだ。

フィルムを通してこんなにも切実な韓国人の心象を垣間見たのは初めての経験だった。これぞ映画祭ならではの瞬間なのだろう。

『アンチ・ガス・スキン』 Anti Gas Skin / 防毒皮/BANGDOKPI
韓国 / 2010 / 123分
監督:キム・ゴク、キム・ソン (KIM Gok / KIM Sun)

公式サイト http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月2日 by p-movie.com

溝(東京フィルメックス 2010.12.01)

第11回東京フィルメックスの特別招待作品として『溝』が上映された。

それは1950年代、異端分子として捉えられ強制労働キャンプに送られた人たちの、過酷を極める日常を綴ったドラマ。これまで『鉄西区』『鳳鳴―中国の記憶』などので賞賛を集めてきた中国人ドキュメンタリー作家ワン・ビン監督による初の劇映画だ。

もちろんワン・ビンの視点はこれまでの延長線上を見据えている。映画の質感は劇映画と言えどもドキュメンタリーに近い。音楽を用いず、ただ轟々と砂と嵐の饗宴が、鳴りやまないサントラのように絶えまなく耳を震わす。

日々、強制労働を耐え抜いては住居用の穴倉へと戻り、疲れ果てて寝床に倒れこむ。彼らが過去にどんな罪を犯したのかはそれほど重要ではない。また誰もが決して凶暴な人には見えない。彼らはまるで任意に抽出され、こんな地の果てまで連れてこられた酷く運に恵まれない人のようにも見える。それほどまでに彼らは人間性の長短や判断力も削げ落ち、過去も未来もなく、ただ茫然と生きている。

大自然の猛威に対して人間はあまりにも無力だ。収容された人々は極寒の中で食料も満足に貰えず、ある者は土や樹の芽をも口にし、そしてまたある者は正常であれば決して踏み越えることのない一線さえも越えてしまう。

同じ部屋の住人が死んだ。次第に哀しみもなくなる。それが日常となる。すべては砂漠に飲みこまれて、感情さえも枯れてしまう。観客もこの無力感の渦にどっぷりと漬け込まれ、もはや抵抗する気力や、ここから何か希望が実をつけそうな期待さえもとうに失っている。我々もあの穴ぐらの住人と化しているのだ。

と、そのとき、都会からひとりの囚人の妻が、遥々訪ねてくる。それほど美しくもないこの女性は、夫の死を知り堰を切ったようにワンワン泣きわめく。風の音しか聞こえなかったこの枯れ果てた風景を、うるさいくらいに掻き乱して、同居人たちを引きずりこむ。

囚人たちに取ってみれば迷惑な話だ。生き抜くために心をあえて無味乾燥せているというのに、そこに思わぬ“引き金”が舞い込んできてしまった。囚人たちの心と同調しつつあった観客ははた迷惑な女だと顔をしかめるかもしれない。

だが同時に観客はこうも気付くはずだ。ああ、この女性の姿こそが、当たり前の人間の姿だったんだ、と。愛する者に逢いたいと願い、泣きわめき、おびただしい墓の中から夫の遺体を掘り起こしたいとさえ望む彼女。

この映画『溝』で我々は見事なまでに人間性を見失い、そして彼女のやかましいまでの嗚咽によって再び人間性を回復させていく。これは我々の日常をリセットし、再起動させる意味において、とても不可思議かつ効果的な現象だった。

こんなにも絶望の物語なのに、不思議と後悔はなかった。単なる強制収容の逸話を越えた、獣でも悪魔でもない、真の意味での人間の物語に思えた。

その到達を讃えるかのように、ラストでは扉の向こうから僅かばかりの光が差し込んでいる。今も昔も、どんなに価値観が混濁して人々が人間性を見失おうとも、我々はあの光を手がかりに、暗闇の中を彷徨い歩いていけばよいのだろうか。ねえ、どうなんですか?ワン・ビン先生?

ワン・ビン監督は中国政府による圧力を恐れずによくぞこれほどの作品を作り上げたものだ。と、資料に目を通すと、製作国の欄に「フランス」とあった。今回のフィルメックスでは来日が叶わなかったそうだが、いつかこの映画について彼自身の口から多様な言葉が尽くされる日を待ちたい。

『溝』 The Ditch
フランス / 2010 / 109分
監督:ワン・ビン(WANG Bing / 王兵)

公式サイト http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信

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2010年12月2日 by p-movie.com