トウキョウソナタ

『CURE』『叫』で知られるホラーの名匠・黒沢清が、トウキョウの現在を舞台に、
バラバラに零れ落ちていく家族の肖像と、その果てに仄かに芽吹く希望とを描く。
今年のカンヌ国際映画祭では「ある視点」部門審査員賞を受賞。

081010_tokyosonata.jpgマイホームも手に入れ、子どもたちは自由に育ち、
父親の威厳も、夫婦関係も、いまのところは別に問題なし。

彼らはトウキョウに暮らす理想的な家庭、のはずだった。

でも、その火種は、
もうずっと前からくすぶり続けていたのかもしれない。

父(香川照之)は会社にリストラされたことを家族に切り出せず、
大学生の長男(小柳友)は実態ある生き方を求めてアメリカ軍に志願し、
母(小泉今日子)は家族の誰にも相手にされない孤独に埋もれ、
そして小学生の次男(井之脇海)は、給食費をレッスン費に充てて、
ひとりこっそりとピアノを習う---

それが現状。家族の”本当の姿”・・・。

眩いばかりの透明感の中で、コミカルとシリアスの狭間をたゆたうように、
物語が浮遊していく。そして香川照之の慌てた素振りに思わず笑いが
こみ上げたかと思うと、次の瞬間には胸に突き刺さるほどの顛末が待っている。

そういう時、改めて思い知る
黒沢清といえば日本を代表するホラーの名手だったのだと。
これまでの黒沢作品とは明らかに気色の違うこの「ホームドラマ」は、
ひとつひとつの演出がコメディからホラーに至るまでの、実に広い振れ幅で
揺れ動く。先の読めない演出が余分な脂肪分を削ぎ落とし、
観客に付け入る隙を与えない。

そういう趣向が寄り集まって奏でる”ストーリー”という名の音色は、
“ソナタ”どころか、ピアノの調律音のようにバラバラで、
いつも不気味で、不安定。

この黒沢流ダークサイドを楽しむ一方、それがいつしか少しずつ音を繋げ、
和音を取り戻し、本当にささやかなメロディを刻みはじめる幸福を、
本作は言葉でなく、世界共通の”映像言語”で伝えようとする。

まるで心の扉が解き放たれたかのようなこの爽快感に、観客は
『トウキョウソナタ』が伝える微かな、しかし確かな希望を
受け取ることだろう。

ちなみに、香川照之、小泉今日子、津田寛治、役所広司など、
これ以上はないキャストの中、次男の担任役を演じるアンジャッシュの
児嶋一哉には要注目だ。

とある出来事をきっかけに生徒から学級崩壊の制裁を浴びる彼。
短い出演シーンながら、これほど鮮烈なイメージを残せる逸材はそういない。
これは映画界にとって思わぬ収穫となるかもしれない。

映画「トウキョウソナタ」オフィシャルサイト
http://tokyosonata.com/index.html
ボクんち、不協和音。
9月27日(土)、
恵比寿ガーデンシネマ、シネカノン有楽町一丁目(レイトショー)他にて全国公開
(C) 2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会

【映画ライター】牛津厚信

.

タグ:
カテゴリー: 日本 | 映画レビュー

2008年10月10日 by p-movie.com

アイアンマン

スパイダーマン、ハルク、X-MENでお馴染みのマーベル・コミック陣営から、1963年生まれの古典ヒーローが遅ればせながらスクリーン・デビュー。主人公トニー・スタークには稀代のお騒がせ俳優ロバート・ダウニーJr.が就任し、無骨なアクション&カッコ良いオヤジっぷりを存分に見せ付ける。原作ファンのみならず映画ファンをもうならせる一大エンターテインメント、いま発進!
 
080926_ironman.jpg巨大軍事産業CEOにして天才発明家のトニー・スターク(ロバート・Jr.)は、新兵器デモンストレーションのために訪れたアフガニスタンで謎の武装勢力に拉致され、命と引き替えに新兵器の製作を強いられる。しかし彼は敵の目を盗んでこしらえた即席のパワード・スーツで、決死の大脱出。部下のもとに奇跡的な生還を果たす。

アフガンでの体験は彼を豹変させた。自分の手がけた戦争兵器が終わりなき戦いを生み出しているジレンマに終止符を打つべく、軍需産業を永久凍結し、自らがヒーローとなって平和を守ることを誓うスターク。パワード・スーツは【マークⅠ】から【マークⅢ】にまで改良され、彼の天才的な頭脳はいま「アイアンマン」として新時代の幕開けを迎えようとしていた・・・。

1億ドルを超えればヒットと見なされる全米興業において3億ドル越えの数字を叩きだし、いまやマーベル・コミック陣営ではスパイダーマンに続くドル箱ヒーローとなったアイアンマン。

その魅力といえば、鉄人28号やロボコンを想わせるハリボテ感たっぷりの【マークⅠ】にはじまり、その後、【マークⅡ】【マークⅢ】と試作を重ねるごとに格段のしなやかさを獲得していく進化の過程にある。

銃弾をはじく鋼の身体。細やかに空圧調整するパーツ。猛スピードで空へ飛び出す瞬間の金属のしなり。この全てに、戦う以前に必要不可欠な”ロボット物のカタルシス”が余すとこなく詰まっている。

そして『ザスーラ』(2005)の子ども心を忘れない演出が印象的だったジョン・ファヴロー監督は、この革新的な映像に伴うVFXはもちろん、ときにはドキュメンタリーを想わせる大胆なカメラワークさえ用いながら、アイアンマンの無骨なアクションに肉薄していく。

また、このすべてを凌駕するダウニーJr.の飄々たる存在感ときたら・・・これはもう、ぜひ劇場で目撃していただきたい。

すでに様々な媒体で伝えられているように、エンドロール明けにはちょっとしたサプライズ・ゲストが待っている。『インクレディブル・ハルク』の最後にトニー・スタークが出演したのと同様、”サプライズな彼”(ハルクじゃないよ!)は今後のマーベル・コミックの映画戦略を占う意味でも重要な布石となることだろう。

今後、ヒーロー物はいよいよコラボレーションの時代に突入。正義の中にも協調、対立、混沌が生まれ、世界はますます複雑化していく。『アイアンマン』だけで驚いてはいけない。これはまだ序章に過ぎないのだ。

映画「アイアンマン」オフィシャルサイト
http://www.sonypictures.jp/movies/ironman/
装着せよ― 強き自分
9月27日(土)より日劇3ほか全国ロードショー
(C) 2008 MVLFFLLC. TM &
(C) 2008 Marvel Entertainment. All Rights Reserved.

【映画ライター】牛津厚信

.

タグ:
カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2008年9月26日 by p-movie.com

幸せの1ページ

ジョディ・フォスター主演の新境地?とも思わせてしまうほど、ほのぼのとした
ハートウォーミングな物語。
そして都会では考えられない冒険の世界が一人の女性と少女が成長していく様子は
心強くて勇気をもらえるはずだ。

080913_shiawase-no-1p_01.jpgベストセラー冒険作家のアレクサンドラ・ローバー(ジョディ・フォスター)が
執筆しているのは勇気あるヒーロー”アレックス・ローバー”の活躍するアドベンチャー
小説である。現実のアレクサンドラは物語の主人公アレックスとは大きく違い、潔癖症で
外出恐怖症、おまけに極度の引きこもりの女性である。そんな彼女の書く物語を常に
心待ちするファンは多い。その中の一人、11歳のニム(アビゲイル・ブレスリン)は
海洋生物学者の父ジャック(ジェラルド・バトラー)の影響もあり、世界中の海の研究に
勤しみ、たどりついたのは南の孤島での研究生活というワケだ。幼いニムはずっと
父ジャックと孤島で自然の中でサバイバル生活をしている。友達は島に住むアシカたち。
ウミガメの産卵も間近で観る事が出来たり、とまさに自然との共存を楽しむ生活の
毎日を送っている。一方、アレクサンドラは小説の執筆に行き詰っていた。
冒険小説を書いてるのに、実際の冒険など体験もしたことがないせいか、自然の世界の
ことをネットで調べるだけで終わってしまう。それでは困ると考えた末、生物学者の
ジャックへメールを出し、現実の火山について聞いてみることに…。
何度かメールをやりとりしてる内に、ジャックは海へ出たまま戻ってないことに気付く。
今までやりとりしていたメールの相手は11歳の少女だと知り、驚くのである。
さらに孤島で少女が一人で父親を待っていることに不安を覚えたアレクサンドラは
少女のSOSに迷う。家から一歩も出れないアレクサンドラにとって、少女の住む孤島へ
行くべきなのか…と。

ただ、飛行機に乗りたどり着くような場所じゃない、ってことにアドベンチャーが
詰まっている。潔癖症の主人公が一歩、部屋から出るまでもが大きな冒険でもある。
その冒険に勇気を振り絞り踏み出す姿には笑えると同時に人生のすべてを
包んでいるかのようで心強い第一歩に思えて仕方がない。
今までのジョディ・フォスターの出演作品を思うと、本作は彼女自身にとっての挑戦、
冒険だったのではないだろうか。シリアスな一面ばかりを求められてきた
ジョディ・フォスターの新たな女性像を見せてくれたことに驚きを隠せない。
今後も、ジョディ・フォスターならではの素晴らしい笑顔いっぱいの作品が観たくなること
間違いなしである。

余談だが、この作品で撮影された孤島は、オーストラリアにある、ヒンチンブルック島で、
現在は国立公園として美しいロケーションの場所である。

映画「幸せの1ページ」オフィシャルサイト
http://shiawase1.jp/
人生なんて、たった一行で変えられる。
9月6日より丸の内ピカデリー2ほか全国ロードショー
(C)Copyright Walden Media, LLC. All Rights Reserved.

【映画ライター】佐藤まゆみ

.

タグ:
カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2008年9月13日 by p-movie.com

テネイシャスD 運命のピックをさがせ!

ジャック・ブラック率いる実在のバンド「テネイシャスD」がロック界を超えて、
映画界へ進出した作品「テネイシャスD-運命のピックをさがせ!」。
劇中、妙なギターショップの店員演じるベン・スティラーが製作していることもあり、
思い切り笑ってストレス解消の出来る作品である。

080726_unmei_no_pick.jpgコメディアン、いや、どんな役でもこなせてしまう俳優として最高の演技を魅せてくれる
強烈な印象を与えてくれるジャック・ブラック。
彼が盟友カイル・ガスと組んだのがロックバンド”テネイシャスD”である。
このバンドがロックを飛び出しファンタジーなストーリーで映画を魅了してくれるから
ある意味スゴイ作品である。
もちろん内容は完全にフィクションなんだけど、最高のロックスターになる為の努力は
意外と本気っぽく感じ取れるから面白い。

JB(ジャック・ブラック)は少年時代からロックをこよなく愛する男。
だが、信仰深い保守的な家庭ではの悪魔のように思われるROCK。
突如怒り出した父親(ミートローフ)にロックを取り上げられてしまい、JBは家出をする。
長い年月を旅し、ロックバンドの仲間をアメリカ中探しまくったJBだが、
運命の出会いはハリウッドで果たす。
海岸で演奏していた自称ロックスター(=本当は無職)のKG(カイル・ガス)が弾く
ギターのとりこになったJBは一緒にバンド”テネイシャスD”を結成することとなる。
ここから二人の汗と涙の努力、そして気付かされる運命のピックを手に入れるまでの
アクション混じりの物語が始まるのである。

ハードロックが好きな私にとって、彼らが劇中、歌っているシーンは
まるでミュージカルのように心にガンガン響いて来る。
力の入れ方が、何か他とは違っていて音楽以上の強さをアピールして
来るから激しい映画なのだ。
多少、言葉のキツさがまたハードロック的で自虐的でもあるから
笑いが止まらないのだろう。
ロックの世界を堪能するには、この作品だけで充分!!と、大袈裟にも聞こえがちだが断言したくなるほど魅了される。
どの映画でもジャック・ブラックには黙って引き込まれてしまうのだから、
観て損はない作品である。

映画「テネイシャスD 運命のピックをさがせ!」オフィシャルサイト
http://www.tenaciousd.jp/
目指すはロックで”成り上がり”
7月26日(土)より全国ROCKSHOW!
(C)MMVI NEW LINE PRODUCTIONS,INC.All Rights Reserved.

【映画ライター】佐藤まゆみ

.

タグ:
カテゴリー: アメリカ | 映画レビュー

2008年7月26日 by p-movie.com

きみの友だち

思春期の心の彷徨をいつも繊細なタッチで紡ぐ重松文学。彼の奏でる物語に深く共感し、生きる勇気をもらった読者は数知れない。そんな重松が「自分の子どものために書いた」と語る名作「きみの友だち」が、とびきりの優しさに包まれた映画として生まれ変わった。
080724_kimi_no_tomodachi.jpg足に交通事故の後遺症が残る恵美(石橋安奈)、カラダが弱く入退院を繰り返す由香(北浦愛)。ふたりは幼い頃からいつも一緒だった。といっても大声でおしゃべりしたり、高らかに笑いあったりはしない。ただ互いに”そこにいること”が大きな心の支えとなってきた親友同士だ。

物語は彼女たちの友情が軸となり、空に浮かんだ雲のようにゆっくりと進んでいく。その周囲にさまざまな”友だちのかたち”を覗かせながら。

たとえば…

彼氏ができて遠ざかっていく親友に複雑な想いを寄せるハナ(吉高由里子)。運動神経抜群でクラスの人気者ブン(森田直幸)と、彼を誇らしげに見つめ続ける幼なじみのヨッシー(木村耕二)。とっくに引退したはずのサッカー部にちょくちょく顔を出しては後輩をしごく”面倒くさい”佐藤先輩(柄本時生)。

重松文学の大きな魅力は、決して安易な悪意、挫折、絶望を描かないことにある。友だちをめぐる各エピソードには必ずホッとできる救いの場所があり、僕らは次から次に現れる魅力的なキャラクターたちに愛情を持ってぶつかっていくことができる。

その結果、登場人物の中に思わぬ”自分のかたち”さえも発見し、思わず苦笑したり、ますます愛着を感じたりもするだろう。

僕がとりわけ魅了されたのがヨッシーという青年だった。一見、なんのとりえもなさそうな彼が、親友の陥ったピンチを思わぬ具合に救う。その方法が泣けてくるほど味わい深いのだ。

きっと将来ヨッシーのような人間が世界を平和に変える。そんな確信に近い想いが込み上げてくるほど、この映画には細部に至るまでたくさんの愛が詰まっている。

いつまでも浸っていたい、この透き通るような世界観。

青少年の陰湿な友人関係や、お涙頂戴の難病モノを想定していた僕は思わぬ具合に意表を突かれた。映画『きみの友だち』は作者の価値観を押し付けることなく、自分がたったひとりで生きてきた孤独な存在などでは決してないことを、そっと、やわらかく肯定してくれる秀作である。

映画「きみの友だち」オフィシャルサイト
http://www.cinemacafe.net/official/kimi-tomo/
たとえいなくなったとしても、
一生忘れない友だちが、一人、いればいい
7月26日(土)より、新宿武蔵野館、渋谷シネ・アミューズほか全国ロードショー
(C) 2008 映画「きみの友だち」製作委員会

【映画ライター】牛津厚信

.

タグ:
カテゴリー: 日本 | 映画レビュー

2008年7月24日 by p-movie.com