クローンは故郷をめざす

こんな日本映画、見たことない。サンダンスの脚本コンペで絶賛され、
かの巨匠ヴィム・ヴェンダースがプロデューサーとしての参加を熱望した本作。
まさに息をするのも、まばたきすることさえも許されない。
そんな幻想的、かつ世にも美しい近未来SFが、ここに産声を上げた。

090106_clone_main.jpg宇宙飛行士・高原耕平(及川光博)は大気圏外でのミッション中に事故に逢い、
絶命する。こういうとき、最新技術による保険が速やかに発動するらしい。
それがクローン技術だ。しかし新たに蘇った耕平に異常事態が発生。脳裏に
浮かび上がった記憶に突き動かされ、ベッドから忽然と姿を消してしまったのだ。
彼が目指す先はただ一つ。故郷。大自然に囲まれたその懐かしき場所で、
彼が目にしたものとは・・・。

これが長編デビューとなる中村莞爾監督は、これまで『はがね』『箱-The Box-』という
2本の短編で世界中の映画祭を驚嘆の渦に巻き込んできた伝説のクリエイター
でもある。その映像づくりはいっさいの妥協を許さない。

立ちこめる霧。耳元で微かに響く物音。振動し、共鳴しあう空気。

小栗康平、タルコフスキーを思わせる映像スタイルが時の経過を消滅させ、
時折、濃厚な土の匂いさえ感じさせる。僕らはいまこの瞬間、クローンとともに
自らも故郷を目指し歩いているかのよう。そこで対峙する幼い頃の記憶。
堰き止めていた感情が雪崩のように押し寄せてくる。
はたして「自分」とは何なのか?親子とは?兄弟とは?魂とは?
そして、クローンとはいったい何なのか?

たやすく生命が失われてしまう現代。たやすくリセットの可能となった未来。
そんな時代に向けて本作は「生きろ」とは決して言わない。
しかしクローンがクローンを背負い、過去の自分を肯定しながらとぼとぼと
懸命に郷里をめざす姿を、ただひたすら描き続ける。愚直なまでに描き続ける。

静謐な映像に入り込むVFX。そして美術監督、木村威夫の仕事ぶりも見逃せない。
90歳という高齢を感じさせぬバイタリティで、鈴木清順作品などで築いた伝説を
更に研ぎ澄ませた、まるで彼岸のような、祈りのような世界を築き上げている。

映画「クローンは故郷をめざす」オフィシャルサイト
http://clone-homeland.com/
巨匠が認めた、美しき映像レクイエム
09年1月10日(土)シネカノン有楽町1丁目ほか全国順次公開
(C) 「クローンは故郷をめざす」製作委員会

【映画ライター】牛津厚信

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2009年1月6日 by p-movie.com

バンク・ジョブ

70年代の幕開けと同時に、アイルランド紛争激化という騒然とした世の中を迎えた
ロンドンで英国全土を揺るがす大事件が発生する。実際に起きた事件を映画化し、
王室スキャンダルまでもが世に出てしまうという前代未聞の作品。
実話を基に描かれてるだけに90パーセントが事実(!?)という驚くべき情報を
目の当たりに出来る作品である。

 
081202_bankjob_main.jpgロンドンのベイカー・ストリートにある銀行の地下に強盗団が侵入、貸金庫内の
現金や宝石などを強奪し、行方をくらました。英国全土へ数日間トップニュースとして
報じられた後、突如としてその報道は打ち切られたのである。
その裏に英国政府の秘密が隠されていたのである。

おもしろおかしく描くなら「オーシャンズ11」のようにプロの強盗団の手口を描くほうが
観ていて楽しくて笑えるだろう。だが本作は実話をベースに描かれてる為、
プロの強盗団じゃない。普通の小悪党が7人集まり、地下からトンネルを掘り、
銀行の貸金庫まで到達できて普通に金品を強奪し逃げた…
というだけで終わるハズだったのに盗んだモノの中身が良くなかった。
もともと銀行の貸金庫を狙って金品強奪を誘って来たのは、
中古車屋のテリー(ジェイソン・ステイサム)の昔馴染みの女性マルティーヌ。
悪い話でもないと話に乗って、友人のカメラマンのケヴィンや映画のエキストラを
やっているデイヴや詐欺師のガイ、掘削の専門家バンバスを仲間に入れて
実行することとなる。

前半から、テリー演じるジェイソン・ステイサムの綿密でもない計画と当時の
ありふれたやり方に納得しつつ、そんなに簡単に?!ってほど事は進む。
だが次第にマルティーヌが抱えている裏の真相、そしてそんな裏の政府の手を
知ってしまう強盗団の7人の命に関わってくる問題が次から次へと発生するのである。
どこから片付けたら良いものやら?
とまで色々な”裏”世界から狙われてしまうのが心臓に悪い。
小悪党だけに一発逆転のチャンスには、かなり厳しい状況に巻き込まれてしまう。
そんな状況をリアルに描かれた本作は恐ろしい世界を垣間見てしまったかのようで
国家とは怖い”裏”を抱えてると改めて知ることになるのかもしれない。

映画「バンク・ジョブ」オフィシャルサイト
http://www.bankjob.jp/
奪ったブツは、
キャッシュとダイヤと王室スキャンダル。
11月22日よりシネマライズ ほか全国順次ロードショー
(C)2007 Baker Street Investors, LLC. All Rights Reserved.

【映画ライター】佐藤まゆみ

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2008年12月2日 by p-movie.com

1408号室

ミステリー作家の巨匠スティーヴン・キング原作小説を映画化した本作。
アメリカでは一家に一冊は必ず彼の小説があるというからファン層が幅広いわけだ。
それ以上に映画化、しかも実写化となれば賛否両論ともなるかもしれない。

081201_1408_main.jpgオカルトスポットの噂から真実を検証し、自ら体験しノンフィクションとして本を
出版するライターのマイク・エンズリン(ジョン・キューザック)。
彼の場合、自分の目で見たものしか信じないので”怖い”とかゴーストなどの
概念が一切ないので平気で取材に行けてしまうわけだ。

そんな彼に一通の葉書が届く。「ドルフィンホテルの1408号室には入るな」という
怪しげな言葉が書かれている。そんな謎の言葉を知ってしまったら
突撃レポーターのような彼の好奇心が黙ってるはずはない。
だが、いくら予約電話を入れても予約を取り次いでもらえない。
ええ~~い、現地へ乗り込んでやる!くらい彼の行動力は早い。
だが、やっぱり、ドルフィンホテルのフロントではどんなに粘っても
1408号室には泊めてもらない。
そこで支配人オリン(サミュエル・L・ジャクソン)に直談判するのだが、
オリン曰く1408号室の恐ろしい事実を突きつける。
その部屋に泊まった者だけでなく10分間だけ部屋に入ったメイドまでもが
自殺、自然死を遂げているのである。
オリンの執拗なまでの説得にも応じないマイクは泊まることを決意するのだった…。

人間の心理から言えば、オリン支配人の説得は逆効果でしかないし、
事実を突きつけることでますます真意が見えてこない。
更に、顔が怖いせいで不信感を増す。
結局どんな押し問答があるにせよ、オカルトスポットを追求してるライターの
プライドと意地に勝てる者はいないだろう。
観てる側にとっては、ありきたりな普通のホテルの一室で何が出てるくるのか
解からない間が一番恐ろしい時間帯でもある。
その時間帯こそがマイクの心からあふれ出てくる不安定な心と、気配のない空間。
それは人間と何かとの心理戦以外の何物でもない。
彼は、他の人間同様に自殺及び自然死してしまうのか、恐怖だけが部屋中から
積もり続けるのである。

ちなみに1408=1+4+0+8=13という不吉な数字が部屋を支配してるのは
間違いない。

映画「1408号室」オフィシャルサイト
http://room1408.jp/
心が壊れる。
11月22日 渋谷東急他 全国拡大ロードショー
(C)2007 The Weinstein Company, LLC. All rights reserved.

【映画ライター】佐藤まゆみ

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2008年12月1日 by p-movie.com

ブーリン家の姉妹

個人的にケイト・ブランシェットが演じていた「エリザベス(1998)」が大好きだった
私にとって、イングランド王国でエリザベス女王が誕生した背景を知りたかった。
黄金期を築くエリザベス一世がまだ生まれる以前の16世紀のイングランドを舞台にした
「ブーリン家の姉妹」。

081026_boleyn.jpg.jpg20年に渡る夫婦生活で王女メアリーしか、もうけることの出来なかった
ヘンリー8世(エリック・バナ)は、ただひたすら立派な男子の世継ぎをもうけることにしか
関心がなかった。
そんな状況を知る貴族トーマス・ブーリンが企てたのは自分の娘アン
(ナタリー・ポートマン)とメアリー(スカーレット・ヨハンソン)をヘンリー王の愛人として
宮廷へあがらせる。ブーリン家一族の富と名声を得るためには、娘二人のどちらかが
ヘンリー王の寵愛を受け、男子をもうけさせること。
この企みに気の乗らない妹メアリーはヘンリー王に寵愛され無事に出産。
だが姉アン・ブーリンは権力と富を得るためにヘンリー王へ近づく。
“男を操り虜にする”術をアンは知っていた。その知識と美貌でヘンリー王の心を掴み、
王妃になることを企てるのである。

そう考えると、このヘンリー8世の女好き(!)というのは、もうカトリックとか
プロテスタントの粋を超えて、どうなってるんだか…の一言に尽きる。
のちにアン・ブーリンの産んだ娘がエリザベス 1世として女王として君臨することは
周知の事実だが、その影に隠れていたブーリン家の両親や伯父の策略、
そして次女のメアリー・ブーリンがどのように生きたのかを知る素晴らしい作品である。

ただ共通して言えることは、いつの時代も国も権力や富が欲しいが為に女性が
利用されて来たということである。
本当の幸せを見出す為には、改めて自分自身の心に本当に必要なモノを手に入れ
幸せに生きて欲しいと願うばかりである。

映画「ブーリン家の姉妹」公式サイト
http://www.boleyn.jp/
愛は、分けられない。
10月25日(土) シャンテシネ他全国TOHOシネマズ系にてロードショー
(C) 2008 Columbia Pictures Industries, Inc. and Universal City Studios
Productions LLLP and GH Three LLC. All Rights Reserved

【映画ライター】佐藤まゆみ

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2008年10月26日 by p-movie.com

僕らのミライへ逆回転

とにかく今度のミシェル・ゴンドリーは強大なポジティブ・パワーに満ちている。
『僕らのミライへ逆回転』は、ほんの軽い気持ちで始まった悪ふざけが、
いつしか街を飲み込むムーヴメントへと膨れあがっていく、
ちょっと大袈裟かもしれないが、ずばり「映画の神話」とでも言うべき物語だ。

081013_bokuranomirai.jpgここはニューヨークのダウンタウン。
その街角にVHSしか品揃えのない寂れたレンタル屋が佇んでいる。

店長(ダニー・グローヴァー)の言を借りれば
「それでも伝説的なジャズ・ピアニストの生家なんだぜ」。
そんな歴史的建造物(本当か?)も、今や都市計画によって
取り壊しの運命を余儀なくされている。

とにもかくにも、そんなレンタル屋でアクシデントが発生。なんと店長の留守中、
店に入り浸るジェリー(ジャック・ブラック)が持ち込んだ電磁波のせいで
レンタルビデオの映像がぜんぶ消えてしまったのだ!

これじゃ廃業も免れない。崖っぷちの店員マイク(モス・デフ)はジェリーとともに、
貸し出し希望のあったソフトをビデオカメラでリメイクする大作戦に打って出るのだが…。

はたしてリスペクトか冒涜か。リメイクされる名作は『ゴースト・バスターズ』、
『ラッシュアワー2』、『ロボコップ』、『ドライビング・ミス・デイジー』など数知れず。

このリメイク作のチープさがたまらない。学生映画でも実現可能な、
段ボールと廃品とでこしらえた美術セットの山、山、山。
当然、オリジナルとリメイクの間には圧倒的な格差が生まれ、
その狭間は凄まじいまでのイマジネーションで埋め尽くされていく。

それは例えるなら伝言ゲームがその冒頭と結末とで別次元の産物へ変貌するのと
同じ。ここでは奇跡的な「ズレ」が、リメイク作を宝石級の輝きにまで高めているのだ。

しかし、この映画はここからが肝心。

嵐のようなドタバタが過ぎ去ると、彼らはいつしかリメイク作ではなく、
自分たちにしか描けない唯一無二の物語を紡ぎ始める。
彼らの生まれ育った街の物語を---

映画はたかが虚構かもしれない。されど、虚構はときに人間の記憶の中で
巨大なリアルへと変貌する。『僕らのミライへ逆回転』が8割方の悪ふざけを
ひっさげながらも真摯に紡いでゆくのは、「記憶の再現(リメイク)」であり、
同時にこの「リアルの醸成」だ。

それらが途方もないうねりとなって、NYのダウンタウンを温かいコミュニティ愛で
包み込んでいく。そして気がつくと、ジェリー&マイクはその中心に立って、
まさか自分たちがムーブメントの震源とは知らずに回りをキョロキョロと見回している。
その姿にどうしようもなく胸が震えてしまう。

これはまさに、音楽ドキュメンタリー『ブロック・パーティ』の映画バージョン。
あるいはゴンドリー版の『ニュー・シネマ・パラダイス』といっても過言ではない。

※ちなみに原題の”BE KIND REWIND”は「返却の際は巻き戻してください」という
レンタル屋お決まりのフレーズです。

映画「僕らのミライへ逆回転」オフィシャルサイト
http://www.gyakukaiten.jp/
はっぴいえんどにリメイク中
10月11日(土)シネマライズ、シャンテシネ、新宿バルト9ほか全国ロードショー
(C) Newline Productions/Junkyard Productions

【映画ライター】牛津厚信

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2008年10月14日 by p-movie.com