1978年、冬。

その年、文化大革命は終わりを告げた。
080612_1978win.jpg凍てつく寒さの田舎町・西幹道ではいまだ街のあちこちに革命期のスローガンが残り、人々は新しい時代とどう向き合うべきかまだ分からずにいる。

そんなさなか、北京から清楚な少女が越してくる。
洗練された身なり、聞きなれない言葉づかい。
少女のすべてに都会の匂いがあふれる。そして彼女がひとたび講堂で可憐な舞踊を披露したとき、ふたりの兄弟の心が大きく揺れ動いた。
彼らは瞬く間に恋に落ちてしまったのだ。

まだ幼い弟は踊る彼女を懸命にスケッチし、一方、工場をサボってばかりいるダメダメな兄貴はひどく屈折した感情を彼女にぶつけてしまう…。

遠い土地の話なのに身近に感じる。
そしてなぜだかとってもあったかい---そう感じてしまうのは、主役の3人が演技と思えないくらい”リアルな存在”だったからだろう。
もう笑っちゃうくらいに不器用で、やることなすこと裏目に出てしまう彼ら。
シリアスとユーモアの混在するとてもセンシティブな領域で、仏頂面の胸の内を繊細なカメラワークが絶妙にすくい取っていく。
そして彼らの心象を、いま機関車が通過する。
あらゆる思い出はこの車窓から見える風景の中で色を帯びていった。いつしか本当の愛に気づく兄。口やかましくも愛情にあふれた母。朴訥な父。そして儚げな少女…

個性あふれる人々の喜怒哀楽を乗せて、機関車は今また郷愁の汽笛を鳴らす。
そのたびに僕らの心はなんだかとても切なくなって、時代も国も違うのに、懐かしい香りでいっぱいになる。

ちなみに本作は、昨年の東京国際映画祭で審査員特別賞を受賞した。グランプリがすでに世界的に評価されていた『迷子の警官音楽隊』だったことを考えると、『1978年、冬。』こそ映画祭いちばんの発見だったと言い得るかもしれない。

たまたま公式上映に居合わせた僕は、観客の間で巻き起こった感情のうねりに心底驚かされた。
上映が終わっても誰も席を立たないのだ。
皆がホッと優しい溜息をつきながら、この映画の誕生を心から祝福していた。
誰の心にも西幹道に代わる青春期のリアルな思い出がある。『1978年、冬。』は、そんな心の秘部にキュンと触れる、極上のハートフル・ムービーである。

公式サイト:http://www.1978-winter.com/
6月14日(土)より渋谷ユーロスペースにてロードショー
(C)2007 China Film Group Corporation & Wako Company Limited

【映画ライター】牛津厚信

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2008年6月12日 by p-movie.com

ぐるりのこと

世界で絶賛された『ハッシュ!』から6年、橋口亮輔監督が080604_gururi.jpg
またもやとんでもない傑作を誕生させた。
主演は木村多江とリリー・フランキー。これは彼らの演じる夫婦が幾多の苦難を乗り越え、ともに再生への道をたどる10年間を綴った物語だ。

時代背景となるのは1990年代。美大出身の夫はTVニュース用に裁判をスケッチする”法廷画家”という仕事を譲り受け、妻は書籍編集者として働いている。お金がなくて先行きが不安でも、おなかの中で育つ新たな生命のことを考えると、言い知れぬ幸福感を噛み締めずにいられないふたり。しかし赤ん坊は生後まもなく天国へと旅立ち、彼らは茫然とした空虚の中に取り残されてしまう。

それでもいつもどおり飄々とふるまう夫。
喪失の痛みで追い詰められていく妻。

観客にとって心の痛む時間が続く。と同時に、夫の法廷画家という特殊な職業が、観客を90年代の深刻な社会の病巣にも真向かわせる。バブル崩壊、児童殺害事件、地下鉄テロ…時代の傷痕が次々と蘇る。人間はこんなにも精神的に脆い生き物で、ちょっとしたことをきっかけにとめどなく崩壊していく。その大波に飲み込まれるように、この夫婦にも深刻な瞬間が訪れる。しかし…

『ぐるりのこと』は決してこのままでは終わらない。

このあと堰を切ったようにとことん溢れ出す夫婦の感情が、この映画を奇跡的な次元にまで輝かせていくのだ。それは彼らがこの10年間で失ったものを取り戻していく過程でもある。あせらず、ゆっくりと。狂っていた時計の針は徐々に確かな鼓動を奏ではじめる。この夫婦の神々しいまでの再生に、何度も何度も嗚咽しそうになる自分がいた。

そして映画が終わったとき、観客はリリーさん演じる「佐藤カナオ」という男の本当の”強さ”を知るだろう。一見どこにでもいそうな、いつも飄々と取り留めのないこの男性が、みんなが右往左往してた時代にずっと穏やかな表情でいつも同じ場所に留まっていられた事実---

伸し上がっていくことだけが成長ではない。僕らは日々「いつも変わらずそこにあるもの」に救われながら生きている。きっとカナオのような人がひとりでも多く広がれば、この日本ももう少し”確かな優しさ”で満ちていく。そう強く感じさせる映画だった。

http://www.gururinokoto.jp/
6月7日、シネマライズ/シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
(C) 2008『ぐるりのこと。』プロデューサーズ

【映画ライター】牛津厚信

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2008年6月4日 by p-movie.com

母べえ

長年に渡り黒澤明監督のスクリプターを務めた野上照代が、幼い頃の家族の思い出を綴った原作を山田洋次監督が映画化。

出演は、吉永小百合、浅野忠信、檀れい、志田未来、佐藤未来、戸田恵子、大滝秀治、笹野高史、笑福亭鶴瓶、坂東三津五郎。

昭和15(1940)年の東京。夫の滋と二人の娘と、つましくも幸せに暮らしていた野上佳代。その平穏な暮らしは、ある日突然に滋が治安維持法違反で検挙されてしまったことで一変する。戦争反対を唱えることが、国を批判するとして罪だったこの時代に、平和を願う信念を変えない限り、滋は自由の身には戻れなかった。
滋の元教え子の山崎や義理の妹の久子に、型破りな性格の叔父である仙吉たちの優しさに助けられながら、佳代は娘たちを育て家計を支えるため奔走する。しかし、新年を迎えても滋は帰らず、やがて日本はアメリカとの戦いに突入していった。山崎も戦争に行き、戦況が激しくなるなかで野上家に1通の電報が届く。

狭いながらも、楽しい我が家物語。父親不在の中で、温かい思いやりを持った人々のエピソードが楽しい。
なかでも、浅野忠信と笑福亭鶴瓶のキャラクターがいい。鶴瓶の遠慮のない変わり者のオッサンは頷けるキャラだが、浅野忠信のコミカルなキャラは珍しい。
記者会見に行った時にオファーされた浅野忠信が「今までにやったことのない役なのに何故」の回答に、山田洋次監督が「だからだよ」と言ったのが印象に残った。
来年の賞レースには、浅野忠信の名前が挙がるんじゃないだろうか。

132分 1月26日より全国一斉公開

【映画ライター】気まぐれ飛行船

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2008年2月13日 by p-movie.com

人のセックスを笑うな

第41回文藝賞を受賞した山崎ナオコーラのベストセラー小説(河出書房新社刊)を「犬猫」の井口奈己監督が映画化。

出演は、永作博美、松山ケンイチ、蒼井優、忍成修吾、温水洋一。

19歳の美術学校生、みるめ。ある日、20歳年上のリトグラフ非常勤講師ユリに絵のモデルを頼まれ、アトリエを訪れる。考えもなく引き受けたみるめだったが、当たり前のように服を脱がされ、そのまま関係を持つ事に。最近様子がおかしいと堂本に問いただされ、うれしそうにユリとの関係を告白するみるめ。そんな二人のはしゃぎぶりに、顔を曇らせるえんちゃん。
初めての恋に有頂天のみるめだったが、実はユリは父親くらいの年配の男と結婚していた。思いもよらぬ現実に突き当たり、愕然とするみるめ。「みるめくんとは遊びですか?」と問いただすえんちゃんに、「みるめくんに触ってみたかったんだよね」「やってみなきゃ、いいか悪いかもわかんないよ」と、屈託なく答えるユリ。 いくら電話しても電話に出ないみるめが心配になったえんちゃんは彼の家を訪ねる。あらためてみるめの想いを知り、やりきれなくなるえんちゃん。会いたければ会えばいいと、自分の気持ちに反して、彼の背中を押してしまう。

タイトルとキャストでかなり期待したのだが、コメディではなくてシュールなラブストーリーだった。しかも、やたらと長回しが多い。動きのある長回しは役者の素の演技が見れたりして面白いが、動きのない長回しは苦痛にしか感じない。しかも、シーンのカット(編集)がワンテンポ遅い。これが、どんどん上映時間を長くしている。それに、後半のストーリーのテンポもノンビリ。途中から、何度も溜息が出た。

137分 1月19日からシネセゾン渋谷にて公開

【映画ライター】気まぐれ飛行船

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2008年2月13日 by p-movie.com

銀色のシーズン

「海猿」の羽住英一郎監督が、雪山を舞台に描いた【雪猿】作品。

出演は、瑛太、田中麗奈、玉山鉄二、青木崇高、佐藤江梨子。

雪山でやりたい放題の日々を過ごしている≪雪猿≫たちの城山銀、小鳩祐治、神沼次郎、の3人組は寂びれた町営スキー場の何でも屋。個人レッスンからスキーのチューンナップ、駅への送迎まですべてを商売にしている。しかし時には、賭けスキーに興じたり、スキー場で当たり屋を演じたりと、周りの人々に迷惑を掛け続けている困ったヤツら。
そこへ町興しの氷で出来た教会結婚式に応募して、式を三日後に控えた全くスキーの出来ない花嫁の綾瀬七海が彼らの前に現れる。この偶然の出会いが、≪雪猿≫たちの心を揺り動かし、新たな一歩を踏み出す勇気をもたらした!

「海猿」よりも、「逆境ナイン」と似たテイストのおバカ路線。熱血シーンは、クライマックスまでお預け。日本映画では珍しいオリジナル作品だが、ストーリーもメチャクチャ。お金が無い無いと言いつつ、新しいコースを作る為だけで、ミサイル輸入して雪崩を起こすって、これ犯罪じゃないの?

108分 1月12日より東宝系にて全国一斉公開

【映画ライター】気まぐれ飛行船

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2008年2月13日 by p-movie.com