余命

自分の生命を蝕むガンと次の世代に命をつなぐ出産。
正反対のこの二つが同時に訪れたとき、女性はどのような決断を下すのだろうか。
そんな女性の姿を通じて、生命の尊さ、美しさを再確認する作品だ。

0902123_yomei_main.jpg外科医として第一線で活躍する百田滴(ももたしずく:松雪泰子)は、
結婚10年目にして待望の赤ちゃんを授かる。
フリーカメラマンの夫、良介(椎名桔平)とともに喜んだのも束の間、
過去に全摘出手術で治療したはずの乳ガンを再発。
新たな命をとるか、自分の命をとるか、滴は大きな決断を迫られる。
そしてそれは、赤ちゃんの誕生を楽しみにする良介に告げることのできない
事実だった…。

「男女7人夏物語」から近作「SCANDAL」まで、テレビドラマを中心に
活躍を続けるベテラン、生野滋朗監督が谷村志穂の小説を映画化。
南国・奄美地方でのロケを実施、癒しを感じさせる優しい映像の中、
残り少ない人生を生き抜く女性の姿を力強く描く。

滴は過去に乳ガンを患っており、全摘出手術を受けている女医、というところが
大きなポイント。よくある”闘病もの”のようにガンと戦う姿をドラマチックに描くのではなく、
自分の余命を知った女性の内面を描いている点が特徴である。
滴にはガンの経験もあり知識もある。
つまり、告知されなくても自分の先行きが見えてしまっているのだ。
命懸けの出産で新たな命を残すか、自分の延命のために治療に臨むか。
松雪泰子の繊細な演技とモノローグが、重い決断に悩み、迷いながらも
生き抜こうとする滴の姿を描き出す。
また、わずかなシーンだが、摘出手術の傷跡や炎症なども
隠さずに映し出すことで、ガンの怖さを明確にし、滴の意志の強さを印象付ける。

一方、子供が生まれることを喜んでいた夫、良介は出産後に滴のガン再発を知る。
だが、彼は事実を伏せていた滴を責めることなく、優しく抱きしめる。
ここに至るまでの妻の悩みや苦しみを思いやって。
果たして世の男性は、自分の愛する人が命を縮めることを承知で
子供を産んだとしたら、良介のように接することができるだろうか。

あなたが女性で、滴の立場だったら、どちらを取るだろうか?
また、男性だったら良介のように愛する人の決断を静かに受け入れられるだろうか?
ぜひ、愛する人と一緒に観て、相手を思いやることの大事さ、
生命の尊さについて考えてほしい。

映画「余命」オフィシャルサイト
http://www.cinemacafe.net/official/yomei-love/index_pc.html
君に届け いのちへの想い
2009年2月7日(土)全国ロードショー
(C)2008「余命」製作委員会

【映画ライター】イノウエケンイチ

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2009年2月23日 by p-movie.com

誰も守ってくれない

犯罪の凶悪化と多発化が大きな問題となっている今日。
マスコミに追われる犯罪者の妹と彼女を保護する刑事の姿を通じて、
社会のあり方を問う社会派エンターテイメントである。
監督は大ヒット作「踊る大捜査線」シリーズの脚本家として知られる君塚良一。
硬派な内容でありながら、見る者を釘付けにするメリハリの効いた演出。
強いメッセージ性と弱者に対する思いやりに溢れた力作だ。
モントリオール世界映画祭で最優秀脚本賞を受賞。

090203_daremo_main.jpg船村沙織(志田未来)は東京に住むごく普通の中学生。
ある日、兄が小学生姉妹殺害の容疑者として逮捕されたことで生活は一変。
自宅にはマスコミが押し寄せ、近所からは石が投げ込まれる。
警察からは加害者家族保護を目的に刑事が派遣されてくる。
沙織の担当は勝浦(佐藤浩市)。彼は、崩壊寸前の家族関係を修復するため、
翌日から休暇を取って妻と娘、3人の家族旅行を計画していた。
早々に仕事を終わらせようと、マスコミを振り切って沙織を連れ出す勝浦だったが、
執拗な追跡は続く。心を開かない沙織に苛立ちを覚えながらも、逃避行を続ける勝浦。
実は彼は、過去の失敗から心に大きな傷を抱えていた…。

090203_daremo_sub01.jpg序盤、長男の逮捕から家族を保護するまでの様子を追ったドキュメンタリータッチの
展開に、まず圧倒される。受け入れ難い事実に呆然とする母親。家族の保護のために、
事務的に離婚手続きを進める役人。なす術もなく指示に従うだけの父親。
普段目にすることのない出来事を、その場に居合わせるかのような臨場感で描く。

そして、斬新な物語に説得力を与えているのが、リアルな登場人物の描写。
自分の家庭が崩壊寸前のときに、犯罪者家族を保護しなければならない
ジレンマを抱えた勝浦。息子へのいじめを放置した学校への怒りから、加害者家族を
保護する警察を糾弾する新聞記者など。実在感のある人物描写をベースにすることで、
マスコミが悪い、警察が悪いというような、型にはまった善悪論では片付けられない
厚みを生んでいる。

090203_daremo_sub02.jpgその一方で、これとは正反対の人間も登場する。
多数登場する無名のネット住人たちだ。
マスコミよりも何よりも、勝浦たちを追い詰めるのは彼ら。
掲示板に吊るし上げの書き込みを行い、容赦なくプライベートまで晒してゆく。
だが、その動機は不明な上、個人の顔は最後まで見えない。
(隠れ家まで追ってきた場面でも、表情を一切映さない演出がニクイ。)
モラルの欠如したネット書き込みの恐ろしさと危険性が伝わってくる。

社会の暗い部分を描きながらも、見終わった後に不快感は残らず、
清々しささえ感じる。このあたりは君塚監督の力と沙織を演じた志田未来の
さわやかな魅力によるものだろう。物語としても見事な出来で、扱っている内容も
意義深い。幅広くお勧めしたい作品だ。

映画「誰も守ってくれない」オフィシャルサイト
http://www.dare-mamo.jp/
殺人犯の妹となった少女と彼女を守る
刑事の逃避行が始まる──。
2009年1月24日(土)よりロードショー
(C) 2009 フジテレビジョン 日本映画衛星放送 東宝

【映画ライター】イノウエケンイチ

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2009年2月3日 by p-movie.com

クローンは故郷をめざす

こんな日本映画、見たことない。サンダンスの脚本コンペで絶賛され、
かの巨匠ヴィム・ヴェンダースがプロデューサーとしての参加を熱望した本作。
まさに息をするのも、まばたきすることさえも許されない。
そんな幻想的、かつ世にも美しい近未来SFが、ここに産声を上げた。

090106_clone_main.jpg宇宙飛行士・高原耕平(及川光博)は大気圏外でのミッション中に事故に逢い、
絶命する。こういうとき、最新技術による保険が速やかに発動するらしい。
それがクローン技術だ。しかし新たに蘇った耕平に異常事態が発生。脳裏に
浮かび上がった記憶に突き動かされ、ベッドから忽然と姿を消してしまったのだ。
彼が目指す先はただ一つ。故郷。大自然に囲まれたその懐かしき場所で、
彼が目にしたものとは・・・。

これが長編デビューとなる中村莞爾監督は、これまで『はがね』『箱-The Box-』という
2本の短編で世界中の映画祭を驚嘆の渦に巻き込んできた伝説のクリエイター
でもある。その映像づくりはいっさいの妥協を許さない。

立ちこめる霧。耳元で微かに響く物音。振動し、共鳴しあう空気。

小栗康平、タルコフスキーを思わせる映像スタイルが時の経過を消滅させ、
時折、濃厚な土の匂いさえ感じさせる。僕らはいまこの瞬間、クローンとともに
自らも故郷を目指し歩いているかのよう。そこで対峙する幼い頃の記憶。
堰き止めていた感情が雪崩のように押し寄せてくる。
はたして「自分」とは何なのか?親子とは?兄弟とは?魂とは?
そして、クローンとはいったい何なのか?

たやすく生命が失われてしまう現代。たやすくリセットの可能となった未来。
そんな時代に向けて本作は「生きろ」とは決して言わない。
しかしクローンがクローンを背負い、過去の自分を肯定しながらとぼとぼと
懸命に郷里をめざす姿を、ただひたすら描き続ける。愚直なまでに描き続ける。

静謐な映像に入り込むVFX。そして美術監督、木村威夫の仕事ぶりも見逃せない。
90歳という高齢を感じさせぬバイタリティで、鈴木清順作品などで築いた伝説を
更に研ぎ澄ませた、まるで彼岸のような、祈りのような世界を築き上げている。

映画「クローンは故郷をめざす」オフィシャルサイト
http://clone-homeland.com/
巨匠が認めた、美しき映像レクイエム
09年1月10日(土)シネカノン有楽町1丁目ほか全国順次公開
(C) 「クローンは故郷をめざす」製作委員会

【映画ライター】牛津厚信

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2009年1月6日 by p-movie.com

トウキョウソナタ

『CURE』『叫』で知られるホラーの名匠・黒沢清が、トウキョウの現在を舞台に、
バラバラに零れ落ちていく家族の肖像と、その果てに仄かに芽吹く希望とを描く。
今年のカンヌ国際映画祭では「ある視点」部門審査員賞を受賞。

081010_tokyosonata.jpgマイホームも手に入れ、子どもたちは自由に育ち、
父親の威厳も、夫婦関係も、いまのところは別に問題なし。

彼らはトウキョウに暮らす理想的な家庭、のはずだった。

でも、その火種は、
もうずっと前からくすぶり続けていたのかもしれない。

父(香川照之)は会社にリストラされたことを家族に切り出せず、
大学生の長男(小柳友)は実態ある生き方を求めてアメリカ軍に志願し、
母(小泉今日子)は家族の誰にも相手にされない孤独に埋もれ、
そして小学生の次男(井之脇海)は、給食費をレッスン費に充てて、
ひとりこっそりとピアノを習う---

それが現状。家族の”本当の姿”・・・。

眩いばかりの透明感の中で、コミカルとシリアスの狭間をたゆたうように、
物語が浮遊していく。そして香川照之の慌てた素振りに思わず笑いが
こみ上げたかと思うと、次の瞬間には胸に突き刺さるほどの顛末が待っている。

そういう時、改めて思い知る
黒沢清といえば日本を代表するホラーの名手だったのだと。
これまでの黒沢作品とは明らかに気色の違うこの「ホームドラマ」は、
ひとつひとつの演出がコメディからホラーに至るまでの、実に広い振れ幅で
揺れ動く。先の読めない演出が余分な脂肪分を削ぎ落とし、
観客に付け入る隙を与えない。

そういう趣向が寄り集まって奏でる”ストーリー”という名の音色は、
“ソナタ”どころか、ピアノの調律音のようにバラバラで、
いつも不気味で、不安定。

この黒沢流ダークサイドを楽しむ一方、それがいつしか少しずつ音を繋げ、
和音を取り戻し、本当にささやかなメロディを刻みはじめる幸福を、
本作は言葉でなく、世界共通の”映像言語”で伝えようとする。

まるで心の扉が解き放たれたかのようなこの爽快感に、観客は
『トウキョウソナタ』が伝える微かな、しかし確かな希望を
受け取ることだろう。

ちなみに、香川照之、小泉今日子、津田寛治、役所広司など、
これ以上はないキャストの中、次男の担任役を演じるアンジャッシュの
児嶋一哉には要注目だ。

とある出来事をきっかけに生徒から学級崩壊の制裁を浴びる彼。
短い出演シーンながら、これほど鮮烈なイメージを残せる逸材はそういない。
これは映画界にとって思わぬ収穫となるかもしれない。

映画「トウキョウソナタ」オフィシャルサイト
http://tokyosonata.com/index.html
ボクんち、不協和音。
9月27日(土)、
恵比寿ガーデンシネマ、シネカノン有楽町一丁目(レイトショー)他にて全国公開
(C) 2008 Fortissimo Films/「TOKYO SONATA」製作委員会

【映画ライター】牛津厚信

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2008年10月10日 by p-movie.com

きみの友だち

思春期の心の彷徨をいつも繊細なタッチで紡ぐ重松文学。彼の奏でる物語に深く共感し、生きる勇気をもらった読者は数知れない。そんな重松が「自分の子どものために書いた」と語る名作「きみの友だち」が、とびきりの優しさに包まれた映画として生まれ変わった。
080724_kimi_no_tomodachi.jpg足に交通事故の後遺症が残る恵美(石橋安奈)、カラダが弱く入退院を繰り返す由香(北浦愛)。ふたりは幼い頃からいつも一緒だった。といっても大声でおしゃべりしたり、高らかに笑いあったりはしない。ただ互いに”そこにいること”が大きな心の支えとなってきた親友同士だ。

物語は彼女たちの友情が軸となり、空に浮かんだ雲のようにゆっくりと進んでいく。その周囲にさまざまな”友だちのかたち”を覗かせながら。

たとえば…

彼氏ができて遠ざかっていく親友に複雑な想いを寄せるハナ(吉高由里子)。運動神経抜群でクラスの人気者ブン(森田直幸)と、彼を誇らしげに見つめ続ける幼なじみのヨッシー(木村耕二)。とっくに引退したはずのサッカー部にちょくちょく顔を出しては後輩をしごく”面倒くさい”佐藤先輩(柄本時生)。

重松文学の大きな魅力は、決して安易な悪意、挫折、絶望を描かないことにある。友だちをめぐる各エピソードには必ずホッとできる救いの場所があり、僕らは次から次に現れる魅力的なキャラクターたちに愛情を持ってぶつかっていくことができる。

その結果、登場人物の中に思わぬ”自分のかたち”さえも発見し、思わず苦笑したり、ますます愛着を感じたりもするだろう。

僕がとりわけ魅了されたのがヨッシーという青年だった。一見、なんのとりえもなさそうな彼が、親友の陥ったピンチを思わぬ具合に救う。その方法が泣けてくるほど味わい深いのだ。

きっと将来ヨッシーのような人間が世界を平和に変える。そんな確信に近い想いが込み上げてくるほど、この映画には細部に至るまでたくさんの愛が詰まっている。

いつまでも浸っていたい、この透き通るような世界観。

青少年の陰湿な友人関係や、お涙頂戴の難病モノを想定していた僕は思わぬ具合に意表を突かれた。映画『きみの友だち』は作者の価値観を押し付けることなく、自分がたったひとりで生きてきた孤独な存在などでは決してないことを、そっと、やわらかく肯定してくれる秀作である。

映画「きみの友だち」オフィシャルサイト
http://www.cinemacafe.net/official/kimi-tomo/
たとえいなくなったとしても、
一生忘れない友だちが、一人、いればいい
7月26日(土)より、新宿武蔵野館、渋谷シネ・アミューズほか全国ロードショー
(C) 2008 映画「きみの友だち」製作委員会

【映画ライター】牛津厚信

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2008年7月24日 by p-movie.com