グリーン・ゾーン

114分間、あなたは最前線へ送り込まれる。

review-0518-01.jpg“ジェイソン・ボーン”シリーズの最強タッグ、再び。本作はシリーズの続編ではないものの、そこで培った手法や息遣いを更に進化させた戦争アクションであり、アメリカ主導で突入したイラク戦争が「大量破壊兵器はなかった」という結論に至るまでの”ありえたかもしれない”物語でもある。

実は本作、全米公開時に不発だった。製作費1億ドルの大作なのにもかかわらず、米国内だけでカバーできた興収が3500万ドル。世界興収も累計8000万ドル未満にとどまっている。

この結果に関係者は大いに落胆した。作品が当たらなかったから、というよりも、批評家やメディアに高評価だったにも関わらず、肝心の観客が振り向いてくれなかったからだ。

ここにはまず「イラク戦争モノはヒットしない」とするジンクスがそのまま反映され、なおかつ全米公開のタイミングがオスカー受賞作『ハート・ロッカー』が旋風を巻き起こしている真っ只中だったこともあり、消費者にとって「第2の戦争モノ」など眼中にも入らなかった可能性が伺える。

作品の高評価は時流やジンクスを越えられなかった。だが製作者らにとってもこれが厳しい戦いとなることは初めから分かっていたはず。それでもなお切り込まざるを得なかったのは、そのキャリアをジャーナリストとしてスタートさせ、世界の紛争地域を取材してきたポール・グリーングラスの条件反射とも言える決断にあったのだろう。つまり、この戦争を描かずして、彼は前に進めなかったのだ。

彼の語り口は事件と観客の壁を取り払い、観客をこれまでにない臨場感の渦中へ突き落とす。ドキュメンタリー・タッチの社会派サスペンス『ブラディ・サンデー』『ユナイテッド93』、それにアクション映画に革命を起こした『ボーン・スプレマシー』&『ボーン・アルティメイタム』。どちらも臨場感は群を抜き、たとえ作りものであろうとも、そこに表出する真実の空気を活写しようとする執念が感じられる。

review-0518-02.jpgそして『グリーン・ゾーン』もこれまでのフィルモグラフィーを総決算にふさわしい迫真の映像になり得ている。追われる側から追う側へ。細かな糸口から真相に近づこうとするマット・デイモンの姿にも、この戦争を内部の側から問い直そうとする気概を感じる。またタイトルの”グリーン・ゾーン”が戦闘下における安全地帯を意味することから、陥落後のバグダットがアメリカ軍によってどのように扱われていたかについてもニュース映像以上に興味深い視覚体験を提供してくれる。

ただし、『ユナイテッド93』や『ハートロッカー』の撮影監督バリー・アクロイドのハンディカム映像は迫真の臨場感をもたらす一方、クライマックスのチェイスでかなり手ブレが激しくなる。うっかり船酔いに陥らぬよう、充分に睡眠を取ってから映画に参戦されることをお勧めしておく。

「グリーン・ゾーン」
2010年 フランス/アメリカ/スペイン/イギリス
カラー
1時間54分

【スタッフ】
監督・製作: ポール・グリーングラス
製作: ティム・ビーヴァン / エリック・フェルナー / ロイド・レヴィン
製作総指揮: デブラ・ヘイワード / ライザ・チェイシン
原案: ラジーフ・チャンドラセカラン
脚本: ブライアン・ヘルゲランド
撮影: バリー・アクロイド
音楽: ジョン・パウエル

【キャスト(声)】
マット・デイモン
グレッグ・キニア
ブレンダン・グリーソン
エイミー・ライアン
ジェ イソン・アイザックス

配給:
東宝東和

(C) 2009 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED.

http://green-zone.jp/
5月14日(金)TOHOシネマズ スカラ座ほかロードショー

【映画ライター】牛津厚信

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2010年5月17日 by p-movie.com

9<ナイン>~9番目の奇妙な人形~

目覚めると、世界は終わっていた。

review-0514-2_01.jpgアメリカでは09年9月9日に封切られたこの風変わりなアニメーションが、いよいよ日本にも上陸する。

きっかけはひとりの男が卒業制作として手掛けた11分の短編アニメーションだった。その独創性とクオリティの高さに魅せられ、ダーク・ワールド大好きなティムール・ベクマンベトフ(『ウォンテッド』『ナイトウォッチ』)やティム・バートンらはすぐさま自らの手で長編映画化しようと考えた。しかしすぐにそれは得策ではないと思い至る。むしろこの30代の新人シェーン・アッカーという才能を世に紹介すべきではないか、と。そうしてベクマンベトフ&バートンが製作を引き受ける中、ひたすら陰影の濃い長編アニメとして生まれ変わったのが『9 ナイン』である。

目覚めると、世界は滅亡していた。

人類は死に絶え、空には暗雲が垂れこめている。この不気味に荒廃した世界を、自分が何者かもわからない奇妙なキャラクターがトボトボ歩く。胸元には大きなチャック。背中には「9」という謎の番号。

やがて彼は自分と似た造型の仲間たちと出逢う。名前を持たず、互いを「1」から「8」までの数字で呼び合う彼らは、「9」と同じく、生まれつきその数字を背中に宿していた。そしてふと気を緩めると、彼らを狙って恐ろしい機械仕掛けのモンスターらが容赦なく襲い来る。。。
review-0514-2_02.jpg確固たるヴィジュアリティに支えられた終末論的な世界観に加え、この戦闘シーンがひとつの見せ場となる。モンスターの動きや仕掛けにも様々な趣向が詰めこまれ、観客が予想だにしない大胆なカメラワークで攻守を描く。彼らは人間ではないゆえ、ボロボロに傷つきながら、なかばぶっ壊れそうになりながらもまだ闘える。その安全装置を解除したようなスピード感と予想不可能性の連続が次第にボディブローのように効いてくる。他のアニメーションとちょっと違うぞという想いが確信へと変わる。

暗黒にうごめく緑色の蛍光色。その不気味なコントラストに『マトリックス』を思い出す人も多いだろう。アクション面では紅一点「7」(VC:ジェニファー・コネリー)の身のこなし&シルエットが『鉄コン筋クリート』のクロを彷彿とさせる。また闘う仲間が9人という設定はまさに「サイボーグ009」が培ってきたお家芸だが、クリストファー・プラマーがヴォイスキャストを務める爺さんキャラ「1」には、どこか『七人の侍』の志村喬を思い起こさせる佇まいさえある。

かくも至るところに過去の名作のエッセンスを感じるが、それが嫌味として照射されることはない。むしろ新人らしい諸先輩たちへの溢れんばかりのリスペクトとして受け止めた。そして本作もこの先、先人の志を継ごうとする者たちにとっての力強い灯火として輝き続けることだろう。

「9<ナイン>~9番目の奇妙な人形~」
2009年 アメリカ映画
カラー 80分

【スタッフ】
原案・監督: シェーン・アッカー
製作: ジム・レムリー、ティム・バートン、ティムール・ベクマンペトフ
脚本: パメラ・ペトラー

【キャスト(声)】
イライジャ・ウッド
ジョン・C・ライリー
ジェニファー・コネリー
クリストファー・プラマー
クリスビン・グローヴァー
マーティン・ランドー
フレッド・ターターショー

配給:ギャガGAGA★
(c)2009 FOCUS FEATURES LLC.ALL RIGHTS RESERVED.

20105月8 日(土)より全国ロードショー
公式HP:http://9.gaga.ne.jp/

【映画ライター】牛津厚信

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2010年5月10日 by p-movie.com

アリス・イン・ワンダーランド

世界はもう、マトモではいられない…。

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やはりティム・バートンの世界だった。ルイス・キャロルが著した「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」から約13年後、19歳に成長したアリスは、年齢、性差、階級など、数々の人生のプレッシャーにさらされ、白うさぎの懐中時計のカチコチに追い立てられるかのように穴のなかへ。その逆ベクトルに乗せて堰を切ったように3D世界を膨張させていく。『アバター』が繰り返される侵略史の中で人間の姿を浮き彫り(3D化)にしたように、3D効果は『アリス』でもそれなりに存在理由を明確化させているわけだ。

とはいえ、本作はまずティム・バートンが2Dで撮り上げ、それを後から3Dへと変換したもの。個人的には、立体演出が巧く効いている部分と、そうでない部分との落差があるように思えた。その映像的インパクトは撮影段階から3Dに特化して進められた『アバター』と比べれば当然色あせる。

しかし反面、純然たるファミリー映画とはいえ、その隠れ蓑の合間から濃厚なティム・バートン色がおのずと現前化して迫ってくるのは嬉しい限りだ。とくに狂騒の宴を貫く「私はまともなのか?それとも異常なのか?」という切実な問いかけには思わず胸が詰まる。

alice_img1.jpg赤の女王と白の女王、両陣営によって引き裂かれたこの国(アンダーランド)で、何が正気なのかもわからなくなって不安と狂気に苛まれるマッドハッター(ジョニー・デップ)のキャラクターなど、ジョニーありきで進められた企画とはいえ、よくここまで膨らませたものだと感心する。ジャック・スパロウともチョコレート工場のウィリー・ウォンカとも似て非なる存在。最初は狂気の男かと思われた彼が、徐々に我々の身近な人間に思えてくるアプローチに多少なりともドキッとしてしまう。

そして、クライマックスのあの演出・・・。もしかしてハッターのモデルは昨年急逝したあの人なのか?

善良キャラと思われがちな白の女王(アン・ハサウェイ)だって、その病的な動きや白塗りの表情からはひどく危うげなものが感じられ、むしろ体内の苦々しい想いをすべて吐き出した赤の女王(ヘレナ・ボナム・カーター)のほうがよっぽど素直で健康的なんじゃないかとも思える。

他にもキャラは盛りだくさん。CGキャラにもアラン・リックマンやマイケル・シーン、スティーヴン・フライなど英国俳優による聴きなれた声が潜む。「リトル・ブリテン」で大人気のマット・ルーカスも憎々しい双子の子供に分身して登場。

一方、彼らが暮らす極めて他力本願なこのアンダーランド(ワンダーランドではなく)において、かつての冒険では”受け身”だった6歳アリスは、今や剣を手に”能動的”にこの国を突き動かそうとする。現実世界でプレッシャーにあえぐ自分自身を、おもいっきり奮い立たせようとするかのように。

そして、かつてのアリスを無償の安らぎで包み込んだ父の言葉が、めぐりめぐって不思議の国でも口にされていく見事な構成は、異化なるものを心から慈しむティム・バートンなればこそ。彼自身がこの言葉につき従うかのように映画作りを続けてきたことが、フィクションとはいえ無性に伝わってくる。

かくして「アリス」は「闘う少女の物語」にかたちを変えた。ティム・バートン作品として飛びぬけて一番とは言えないが、その爽快感でいえば最たるもの。また、『ビッグ・フィッシュ』『チャーリーとチョコレート工場』がバートンからすべての男の子へ贈られた映画だったとするなら、対する本作はすべての女の子に贈られた奇異なる映画として、燦然と輝く存在といえる。

そして大人も子供も、男の子も女の子も、劇場を出る時みんな胸を張ってこう思うだろう。

「ああ、まともじゃないって素晴らしい!」と。

「アリス・イン・ワンダーランド」
2010年 アメリカ映画
カラー 109分

【スタッフ】
監督: ティム・バートン
原作: ルイス・キャロル
脚本: リンダ・ウールヴァートン
音楽: ダニー・エルフマン

【キャスト】
ミア・ワシコウスカ
ジョニー・デップ
ヘレナ・ボナム=カーター
アン・ハサウェイ

配給: ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン

©Disney Enterprises,
Inc. All rights reserved.

2010417日(土)より全国ロードショー
公式HP:http://www.disney.co.jp/movies/alice/

【映画ライター】牛津厚信

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2010年4月22日 by p-movie.com

マイレージ、マイライフ

“現代”を鮮やかに照射

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ADSLが普及し始めた頃、あるクラシック音楽の雑誌に原稿を送ったら、当日レイアウトがFAXで送られた事があった。もうパソコン無しでは仕事は出来ないなと感じたが、案の定、予感は的中。今は、メール入稿ばかりで、編集者と直接会う機会は皆無となった。これが現代の社会なのだろうが、何となく味気なく感じている方も少なくないだろう。
本作は、そんな時代を如実に捉えたタイムリーな作品。主人公は、リストラされる人たちに解雇を告げるため全米を飛び回る男ライアン・ビンガム。この”飛び回る”という表現は誇張でもなんでもなく、実際彼は年間322日も出張し、航空会社のマイレージを1000万マイル貯める事を目標にしている。何しろ、彼の人生哲学は、”バックパックに入らない荷物はいっさい背負わない”ことなのだ!
そんなライアンに二つの出会いが訪れる。ひとつは、自分と同じように出張で各地を飛び回るキャリアウーマン、アレックス。二人は早速意気投合し、ベッドイン。勿論、お互いを干渉せず、距離を置いて付き合う気軽な”大人の関係”だ。もうひとつは、ボスのクレイグから紹介された新入社員のナタリー。ネット世代の彼女は、ネット上で解雇通知を行い、出張を廃止するというとんでもない案を提出する。ライアンの立場と目標1000万マイルを危うくする元凶のこの小娘の教育係となった彼は、徹底的に実践的なやり方を教え込み、衝突を繰り返す。だが、実際にリストラを告げ、リストラされる人々の人生の重さに直接触れると、若い彼女の心には波風が吹き始める。それは、恋人からメール1本で別れを告げられた事で、頂点に達した。
そんな時、ライアン、アレックス、ナタリーは初めて3人で邂逅する。アレックスに15年後の自分の目標を見出したナタリーの一言が、ライアンの心に、それまで感じたことのなかった何かをもたらすが…。

粋でスマートな現代の寓話

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必要最小限の荷物だけをバックパックに詰め、無駄のない動きで空港のゲートを潜り抜ける。ホテルでは行列を尻目に会員専用デスクでチェックイン。そんなライアンの日常を軽快なテンポで描いたオープニングの心地良いリズムにまず引き込まれる。そのスピーディで快適なイメージは、まさしく”現代社会”そのもの!カリカチュアされたコミカルな描写の中に現代を活写するジェイソン・ライトマン(「サンキュー・スモーキング」「JUNO/ジュノ」)ならではの知的な作風が凝縮された粋でスマートなプロローグであリ、それが作品全体のトーンを形成している。
そんなスマートな生活に徹し、人との関わりを持たずに生きようとするライアンの心の軌跡。妹の結婚式に出席すべく、アレックスと共に久しぶりに郷里に戻った彼に戸惑う疎遠だった家族たち。彼がリストラを宣告する人々。様々な人間との出会いが、彼の心に”人と本当につながる”事への欲求を沸き起こしていく…。
その過程で彼が遭遇する多くの問題ーリストラ、転職、ネット社会、人間関係、結婚、シングルライフ、ポイント生活、依存症。それらはいずれも、現代社会に生きるすべての人々が遭遇するアクチュアルなものばかりで、ライトマンの”我々の生きる時代”への鋭い感性を感じさせる。そして、それは、アメリカ映画が世界のトップを走る原動力である”常に時代を見つめ、呼吸し続ける”アクチュアルな現代性と見事に合致するのである。
だが、本作は、従来のハリウッド的作品とは異なり、必ずしも万人に幸福感をもたらす展開になっていない。その代わり、ライアンの心象風景を通じて、観客一人一人が、”現代”を、そして”いまを生きる”自分自身を見つめ直し、見終わった後に、日々の生活にほんの少し優しい眼差しを注げる。そんな一服の清涼剤のような味わいを感じさせる作品に仕上がっている。

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ライアン役はジョージ・クルーニー。等身大の役柄を人間味豊かに演じ、役者として脂の乗り切った好演を見せる。何にしろ、大スター・クルーニーを使い、ライトマンという若い才能に、ハリウッド作品とは一味も二味も違う作品を撮らせてしまうのだから、アメリカ映画界の底力は、まだまだ衰えていないようだ。

「マイレージ、マイライフ」
2009年 アメリカ映画
カラー 109分 

監督/ジェイソン・ライトマン 
製作総指揮/トム・ポロック、ジョー・メジャック、テッド・グリフィン、マイケル・ビューグ
製作/ジェイソン・ライトマン、アイヴァン・ライトマン
原作/ウォルター・カーン 
脚本/ジェーソン・ライトマン、シェルドン・ターナー 
撮影/エリック・スティールバーグ
音楽/ロルフ・ケント
出演/ジョージ・クルーニー、ジェイソン・ベイトマン、ヴェラ・ファーミガ、アナ・ケンドリック、
    ジェイソン・ベイトマン、メラニー・リンスキー、サム・エリオット、J・K・シモンズ、
    ザック・ガリフィアナキス 

配給:パラマウント・ピクハーズ
2010年3月20日よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開

公式HP:http://www.mile-life.jp/

【映画ライター】渡辺稔之

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2010年3月18日 by p-movie.com

カールじいさんの空飛ぶ家

原題は”Up”。このハリウッド史上最短級の単刀直入なタイトルが、ガンコじいさんの胸に去来する様々な想いを大空へと向かわせる。それは行き場を失った彼があたかも天に召されるみたいで多少ドキッとするが、だからこそ旅の道連れとなるボーイスカウト少年はカールじいさんと地上とをかろうじて繋ぐ糸のような存在なのだろう。

carl01.jpgと、ここまで書いて、これは『グラン・トリノ』の感想だったかな?と読み返してしまう自分がいる。

『ウォーリー』の脚本を手掛けたピート・ドクター監督は、本作のオープニングでも鮮やかに言葉を消失させる。カールじいさんが幼なじみの妻と歩んだ人生最良の日々とその別れをサイレントで綴り、そのシンプルゆえ誰の人生にも呼応しうる繊細な表現は観客の心に大粒の涙を降らせる。

残されたのは風船を手に持ったじいさん、ただひとり。

かつてディズニー/ピクサー作品でこれほど率直に”死”を扱ったことがあっただろうか。

carl02.jpg 加えて見どころなのは、アルベール・ラモリスの『赤い風船』を彷彿とさせるあの無数の風船の、まるで色とりどりの新芽が一斉に吹き出すかのようなお披露目シーンだ。いよいよ浮力がみなぎり、自宅がフワリフワリと浮上していく瞬間の羽毛の先端にも似た絵ざわりは、まさに「アニメ=CG=技術」を超えたアニメーターたちのアーティスティックな腕の見せ所といえよう。

中盤からは転調。冒険譚はアメリカ開拓史のようにも、あるいは行方不明の誰かを追いかけた『地獄の黙示録』のようにも変貌していく。もちろんファミリー向け映画の範疇でこれをやるのだから、濃厚な原液を薄める所作にも余念がない。

それから、次々と飛び出してくるキャラクター(人間だけとは限らない)がそれぞれ一人ぼっちの孤独な存在で、彼らがタッグを組むことで次第にファミリーの絆が育まれていく…ってのもハリウッドの王道といえば王道なわけで。

総じて気付かされるのは、他スタジオならば実写としても映像化可能な題材を、本作はあえてアニメーションの視座に基づいて具現化しているということだ。

もはやアニメーションは「この手法でなければ描けない世界」を視覚化するツールにとどまらず、皆の前にひとしく広がった世界を見つめる、ひとつの視座の域にまで到達している。

それを可能にしているのがディズニー/ピクサーとして培ってきた作家性とブランド=歴史であることは言うまでもなく、これからも彼らの作品は職人芸と最新技術の特殊工房としてジャンルを超えて視座を広げていくことだろう。

carl03.jpg

ちなみに・・・

本作に登場する不思議な犬”ダグ”は今年のカンヌ映画祭にて最も優秀な映画犬に送られる「パルムドッグ賞」を受賞している。間抜けなようで(失礼!)実は偉大な犬なのだ。これからご覧になられるかたはぜひ敬意を持って接してあげてほしい。

「カールじいさんの空飛ぶ家」《字幕スーパー版/日本語吹替版》

愛する妻が死にました―
だから私は旅に出ます。

2009年アメリカ映画
日本語字幕翻訳:石田泰子
上映時間:1時間43

配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン

WALT DISNEY PICTURES/PIXER ANIMATION
STUDIOS.ALL RIGHTS RESERVED.

12月5日、全国ロードショー

公式HPhttp://www.disney.co.jp/movies/carl-gsan/
大ヒット上映中

【映画ライター】牛津厚信

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2009年12月11日 by p-movie.com