この命は、誰かのために。この心は、わたしのために。
著書「日の名残り」で英国文学の最高峰とされるブッカー賞を受賞し、同作の映画化を経てその名をますます英国民の間に浸透させた作家カズオ・イシグロ。もともと日本(長崎)で生まれ、5歳のときに父の仕事の関係で渡英した経歴を持つ彼が、今や“英国が誇る”有名作家にまでのぼりつめて久しい。
その繊細な表現世界は更なる高みへ。彼が2005年に発表した「わたしを離さないで」は、そのあまりに切ない状況設定、人物関係、そして登場人物の心象が、「日の名残り」を知らない若い読者たちの心をも魅了し、また、この作中に隠された“驚き”が世界中に静かな絶賛の渦を巻き起こしていった。
そして本作は、ついに映画化へ。
幼いころより映画という映像メディアに魅せられてきたイシグロ氏は、今回自らがエグゼクティブ・プロデューサーの役目を担い、自身の代表作を別次元へと昇華させるべく、いくつもの類稀なる才能たちとコラボレーションを遂げてきた。そうして完成した作品『わたしを離さないで』が3月26日より公開中だ。
公開を前に、約10年ぶりに来日(すでに英国に帰化している彼にとって日本は“帰国”の地ではないのだ)を果たしたカズオ イシグロ。ここに英国大使館で行われた記者会見の模様をお伝えする。彼が語る『わたしを離さないで』に込めた思い、そして映画の舞台裏とは―?
「本日はお集まりくださりありがとうございます。そして英国大使館の皆さま、この度は会見のためにわたくしを侵略(invade)させていただき、感謝申し上げます」
そんな茶目っけたっぷりの挨拶で会見は幕を開けた。日本語ではない。最初から最後まで英語通訳を介しての質疑応答となった。イシグロ氏にとって日本語とは、日本に別れを告げる5歳頃まで使っていた言語に過ぎない。今もなんとなくヒアリングは可能だそうだが、それも女性の声に限るという。どうやら彼の日本語耳は幼少期に母親が発していた声のトーンを基調としてできあがっているようだ。
【いちばん頭を悩ませた“状況設定”】
『わたしを離さないで』は、ひとりの女性介護士の目線を通して、過酷な運命、短い人生を精一杯に全うしようとする幼なじみ3人の、切ない愛と友情を描いた物語だ。
執筆にあたり、彼の頭を悩ませたのはその状況設定だったという。
「私はまず、数人の若者についての物語を書きたいと思いました。そして通常の人間は70~80年くらいの寿命であるところを、彼らだけは30歳くらいまでしか生きられない、という設定を作りだしたかった。では、どういうシチュエーションならばそれが可能になるのか。それをずっと考えていました」
主人公となる3人の男女は幼いころから寄宿舎で一緒に生活し、やがて“ある使命”のため運命を受け入れる日がやってくる。それは我々からしてみればあまりに哀しく、残酷だ。だがそんな彼らの人生にも、僅かながら幼少期、思春期、成熟期、そして老後といったものが存在する。読者や観客はやがて、本作で描かれる状況が実はこの世界に生きる我々と何ら変わらないことに気づかされるだろう。彼らのスピードがちょっと速いだけなのだ。イシグロは言う。
「人生とは考えているよりも短いもの。だからこそ、限られた時間の中で自分がいったいなにをすべきかを一生懸命に考え、行動してほしい。そういう願いをこめてこの作品を執筆しました」
この小説&映画は、まさにその「人生の本質」を伝えるための作品と言ってよさそうだ。
【エグゼクティブ・プロデューサーとしての挑戦】
今回の映画化は、『ザ・ビーチ』の原作や『サンシャイン2046』といったダニー・ボイル監督作でも名高い小説家、脚本家アレックス・ガーランドとのやりとりに端を発している。
ふたりはロンドン在住で家が近いということもあり、よく逢って話をする仲なのだそうだ。イシグロは「私を離さないで」を執筆しているさなかにも幾度にも渡ってそのアイディアを話して聴かせた。そんな中、ふとした拍子にガーランドが「映画版の脚本を書かせてくれないか」と言いだしたという。彼の才能を信頼していたイシグロはその可能性に賭けてみたいと考え、原作が出版される前からその約束を取り交わしていたという。「そうやってアレックスが書きあげた第一稿を手に、二人の側から映画会社へ売り込みをかけたんです」。つまり今回のイシグロは原作者のみならず、自ら映画化へ向けて積極的に仕掛けていったわけである。
また、監督の起用についても“情熱”が事を決定づけた。
手掛けたのは創造性に富んだミュージック・ビデオで知られ、長編作品ではロビン・ウィリアムズ主演の『ストーカー』という作品を発表しているマーク・ロマネクだ。彼が映し取る映像ときたら、これまた全てのシーンを記憶にとどめたいほどの美しさを宿している。
イシグロによると、彼もまたこの原作に魅せられ、雇われ監督としてではなく、自らの意志でこの作品を監督する機会を求めてイシグロのもとへ引き寄せられてきたという。その情熱に強く心を動かされ、イシグロはこの作品を彼に委ねようと決めた。曰く、
「彼はアメリカ人ですが、私にとってそのような国籍は全く関係がないことです。むしろ大事なのは、どれだけこの作品に思い入れがあるのか、またどれほどこの映画を作りたい情熱を抱いているのか、といったことです。アレックスと私は彼の強い意志を確認し、自分たちの抱くものと近いモノがあると確信しました」
【キャストについて】
いよいよ製作がはじまると、イシグロはただ「信じる、信頼する」ことに徹した。原作からの脚色や相違点などもすべて任せ、「あとは車の後部座席に乗り込んだような気分で、じっと成り行きを見守った」という。
そうした中、キャストには英国でいま最も注目されている3人の若手俳優が集まった。
『17歳の肖像』でアカデミー賞主演女優賞候補となったキャリー・マリガン、『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでもお馴染みのキーラ・ナイトレイ、そして新たに起動する『アメージング・スパイダーマン』の主役に抜擢されたアレックス・ガーランド。まさにこれ以上ない人選である。キャスティングについてイシグロはこういった若手の活躍する英国映画界を「ゴールデンエイジ」と表現し、三人への賞賛を惜しまない。
「彼らは撮影前にそれぞれに自分たちのキャラクターについてじっくりと掘り下げて役作りを進めていました。その読みこみの深さといったら、原作者の私なんか立ち及ばないほどです。キャラクターに関する私の未創造の部分を、むしろ彼らから教えてもらったという感じです」
そしてイシグロは、自らが上梓した原作が、多くの才能の手を経て別次元へと開花していく過程を、「例えるなら、まるでひとつの作曲家の書いた曲があり、それを様々なミュージシャンが演奏することによって、表現の厚みがどんどん広がっていく、まさにそんな体験」と語った。
【映画と小説との関係性】
さて、会見の終盤でイシグロは、多くのベストセラー小説がたどる「映画化」という既定路線について、彼なりの考察を示してくれた。
そもそも小説家としてキャリアを歩む前にはテレビドラマの脚本などにも関わっていたという彼。その経験もあって、小説を執筆するときには常に映画とは別次元の表現の可能性を模索しようと心に決めているのだとか。
「ですから、私の小説を映画化することなど、どだい無理な話なんです(笑)」
イシグロはそう笑いつつも、新作小説を発表する度にエージェントに「映画化の話は来てないかな?」と確認せずにはいられないと言う。その想いの裏側には、彼が幼いころより魅せられてやまない「映画への期待」が込められているようだ。
「小説というものは、映画とまったく違った視点で構築されています。だからこそ、小説をベースにして映画へと再構築しようとする試みはフィルムメーカーにとって大きな勇気と想像力を伴うものと言えるでしょう。そしてそういう労苦を起点にしてこそ、従来のステレオタイプやジャンル物とは全く異なったユニークな題材、新しい語り口を持った映画がどんどん生まれてくると思うのです」
その言葉は、幼いころから日本とイギリスというふたつの国のアイデンティティを抱えてきた彼が自身の中で両者の整合性を保とうとしてきた姿と重なって響いてくる。国境を越えた語り手はいま、文学と映像との境界をも流麗に行き来する存在となった。
彼の作品はこれからどのように進化を遂げていくのか。文学作品、映像作品ともに、今後も世界中からの注目を集めていきそうだ。
そして願わくば、生まれ故郷の日本のことを忘れずに、これからも頻繁に来日、いや“帰国”してもらいたいものだ。
監督:マーク・ロマネク
原作:カズオ・イシグロ「わたしを離さないで」ハヤカワepi文庫
出演:キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイ、シャーロット・ランプリング
2010年/イギリス、アメリカ映画/シネマスコープ、配給:20世紀フォックス映画
公式サイト http://movies.foxjapan.com/watahana/
3月26日(土)より、TOHO シネマズ シャンテ、Bunkamuraル・シネマ 他にて全国ロードショー
(C)2010 Twentieth Century Fox
【ライター】牛津厚信