帰ってきたヒトラー

帰ってきたヒトラー
ⓒ2015 MYTHOS FILMPRODUKTION GMBH & CO. KG CONSTANTIN FILM PRODUKTION GMBH

総統が帰ってきた。時は現在、季節は夏。アドルフ・ヒトラー(オリヴァー・マスッチ)が突然総統官邸の地下壕の部屋(現在は庭)で目覚める。彼が死んだと思われてから70年が経ち、そこは今ではベルリンの住宅街になっている。戦争は終わり、ナチ党は存在せず、彼を元気づけた愛するエヴァ・ブラウンももういない。現在のドイツ社会はあまりにも多文化的で、彼にはさっぱり理解できない。彼はリストラされたテレビマン(ファビアン・ブッシュ)によって見出され、テレビに出演することになる。だが、予想に反して、アドルフ・ヒトラーはTV界で新しいキャリアをスタートさせることになった。あろうことか、本物であるにもかかわらず、ヒトラーを模した才能溢れるコメディアンと間違われてしまったからだ。彼は、徐々に人気を博していく。人々は彼をコメディアンだと思い、彼は自分の理想を広げるためにメディアの力を利用する。しかも、彼の目的は昔と少しも変わってはいなかった…。

2012年、ベストセラー『帰ってきたヒトラー』で、ティムール・ヴェルメシュは、“もしヒトラーが戻ってきたら、どうなるだろう?”という物議を醸す問題を提起し、世界中に旋風を巻き起こした。この小説は20週にわたって「デア・シュピーゲル」誌のベストセラーリストで1位の座を獲得した。

本作はフィクションにドキュメンタリーを融合させ映画化された。ドキュメンタリー形式で撮影されたシーンでは、ヒトラーに扮したマスッチが、ベルリンやミュンヘンといった大都市だけでなく、ドイツ中、街角のごく普通の人たちや、アニマルブリーダーや、企業家や、有名人や、若い政治家や、ジャーナリストや、ヒップスターカルチャーを擁護するネオナチの若者たちと顔を合わせ、会話する。デヴィッド・ヴェンド監督は説明する。「俳優たちと作る人工的なシチュエーション(フィクション)の中でヒトラーを描くだけでなく、現実の人々の中に彼を解き放つのは、エキサイティングだと思った」と。「それが、“現代にヒトラーが戻ってきたらどんなことが起こるのか?彼には本当にチャンスがあるのか?”という疑問に対して信頼できる答えを得られる唯一の方法だった」

ヴェンド監督と主演俳優は、普通の人々のリアクションに驚いたという。「多くの人々がヒトラーを見て嬉しそうだった」「まるでポップスターと遭遇したような感じだった。彼らはこれが本物のヒトラーであるはずがないとわかっていたけれど、彼らはヒトラーを受け入れ、彼に心を開いたのだ」「多くの人が偽のヒトラーを歓迎し、彼と一緒に携帯で自撮りをしたがった。彼らは民主主義に毒づき、誰かがもう一度ドイツで思い切った手段を取ってくれることを望んでいた」彼は多くの市民が右翼的な考え方を自由に表現したことに驚いた。「あれほど多くの人々が公然と外国人に反対し、民主主義に対して激しい怒りを露わにするとは思ってもいなかった。」

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実際、ヒトラー生存説、目撃説は枚挙に遑がない。ここで少し列記してみる。

1945年4月30日にヒトラーが自殺。
1945年5月、ソビエト連邦秘密諜報部の特殊部隊がヒトラーとブラウンの遺骸(下顎骨の1部と歯のブリッジ2つ)を見つけ、身元確認したにもかかわらず、ソ連はヒトラーの自殺を長い間隠していた。それもまた混乱を引き起こした。

1945年9月21日、FBIロサンゼルスオフィスは、“ヒトラーと50名の腹心が、ベルリン陥落からおよそ10日後、2隻の潜水艦に乗り、アルゼンチン南部に上陸した。ヒトラーは牧場に隠れている。特徴のある髭は剃り、喘息と潰瘍に苦しんでいる。”という文章を受け取っている。

1956年10月25日になって初めて、アドルフ・ヒトラーは正式に死亡宣告された。それまでに、ヒトラーの家臣ハインツ・リンゲや、ヒトラーの副官オットー・ギュンシェのような懐刀を含め、40名以上の目撃者が宣誓のもとに尋問された。彼らは、アドルフ・ヒトラーとエヴァ・ブラウンの死体を見て、その死体が焼かれるのを目撃したと語った。だが、リンゲもギュンシェもソ連の捕虜収容所から戻ってくる1950年代半ばまで、証言することができなかったのである。

数年前に出版されたばかりのFBIのファイルに、第二次世界大戦後、デンマークやチベットでヒトラーを見たという目撃証言を見ることができる。これと並行して、ヒトラーと多くのナチス党員がドイツ国防軍の一部とともに南極大陸に逃亡したという説もあった。

これまで映画業界は、ナチスを題材に奇想天外な作品を数多く製作してきた。「ヒトラーがタイムスリップ、しかも人々にコメディアンとして受けいれられる」なんて、今回は本作をコメディだと思う方も多いだろう。だが実はそうではない。ヒトラーは自分の理想を広げるためにメディアの力を利用し、しかも彼の目的は昔となんら変わってないのである。奇しくもTV出演時のスタジオの照明の暗さ、短く歯切れのいい演説、次第に激高してゆく様は、まさに70年前、彼がやっていた演説テクニックそのものである。人々はその過激さに新鮮さを覚えるとともに、度肝を抜かれる。そしてヒトラー熱は流行していくのだが、これとてかつてドイツ国民が陥った過程をそのものである。本作は単なるコメディではない。観終わって、あれほどの悲惨な戦争をも忘れかけている現在の世界の危なさ、そしていとも簡単に民衆の考えが変えられていく怖さを感じるだろう。しかもナチスが政権を取った時のように合法的に…。

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<CREDIT>

■出演者:オリヴァー・マスッチ、ファビアン・ブッシュ、クリストフ・マリア・ヘルプスト、
カッチャ・リーマン、フランツィスカ・ウルフ
■原作:ティムール・ヴェルメシュ
■監督:デヴィッド・ヴェンド
■配給:ギャガ
■2015年/ドイツ/116分
■原題:『ER IST WIEDER DA』

6月17日(金)TOHOシネマズ シャンテ他
全国順次ロードショー

公式ホームページ
http://gaga.ne.jp/hitlerisback/

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【ライター】戸岐和宏


カテゴリー: ヨーロッパ | 映画レビュー

2016年6月13日 by p-movie.com