一昔前はアメリカというと、イギリスに並ぶ“食事に期待してはいけない国”ランキング上位の常連国だった。しかし時代は変わり、いまではオーガニック食品やフェアトレードのおいしいコーヒーなど、質の良い食べ物が気軽に手に入るようになった。『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』は、このような“量より質”の新しい価値観を持ったアメリカ人たちの物語だ。
ロサンゼルスの一流レストランの総料理長であるカール・キャスパー。彼は保守的な店のオーナーとそりが合わず、どこか満たされない毎日を過ごしていた。ある日、彼の店に有名フードブロガーが来店、オーナーの指示でいつも通りのメニューを振る舞うが、酷評されてしまう。腹いせにツイッターで中傷を送りつけたカールだが、誤って公表される形で投稿してしまったためにネットが大炎上。オーナーとの対立も決定的となり店を飛び出した彼は、シェフを始めた思い出の街・マイアミを訪れ、キューバサンドのフードトラックを開店することを思いつく。相棒と息子を引き連れ、トラックでロサンゼルスを目指す3人だったが…?
『アイアンマン』シリーズの監督として知られるジョン・ファヴローが監督、そして主演も務める本作。『アイアンマン3』の製作依頼を断って撮影したというだけあり、彼の仕事哲学が垣間見える、渾身のコメディドラマだ。「自分の作りたいもの、表現したいものを作るんだ!」というスピリットを持つカール(もといファヴロー)の姿勢はまるでロックスターのようで、そう考えるとこれは“ビジネス”と“表現”の狭間で揺れる、一人のアーティストの話とも言うことができる。“新しい”価値観のキャラクターによる“普遍的”なストーリー、この関係が面白いと思う。
ツイッターなどのソーシャルメディアの使い方も興味深い。昨今の映画ではネットメディアの存在が必要不可欠だが、今回はSNSがきっかけで炎上事件が起こり、キャスパーたちはSNSを通してフードトラックの宣伝をし、シェフとして復活する。ソーシャルメディアが小道具としてだけでなく、物語を推し進める働きも担っているのだ。ここまでSNSをフィーチャーした作品も珍しい。ちなみに、カールの息子がこれらのメディアやインスタグラム、タンブラーなどを駆使してフードトラックの宣伝をしていくシーンは軽妙な音楽と編集も相まって見ているだけでウキウキしてくるような、楽しいシーンとなっていた。
そして、ここまで語っておいて何だが、そんなテーマなんてどうでもよくなるくらい、カールの作る料理たちが素晴らしい!!彼の彩る料理は、言うなれば真の主役。深夜に作るペペロンチーノやポークソテー、エビやフィレ肉を使用したメインなど、思わず唾を飲み込んでしまう料理たちばかりだ。いまネットで流行りの“フードポルノ”(日本流に言うと“飯テロ”?)とでも言うべきの圧巻の映像は一見の価値がある。それに加えて、マイアミでのキューバサンドにニューオーリンズで食べる“カフェ・デュモンド”のベニエ(=揚げドーナツ)、テキサスでの燻製にした牛肉のバーベキューなどアメリカならではのご当地グルメ巡りも、意外と知らないことが多く興味深かった。
しかし、それだけある料理のなかで何よりも食欲を刺激されるのは、間違いなくカールが息子に作る朝のホットチーズサンドだろう。カリカリに焼けたトーストからオレンジ色のチーズがとろけだす様はまさしく“ポルノ”!ファヴロー自身も気に入っているのか、本編中で作り方すべてを映しているだけでなく、フードスタイリストからファヴロー本人がレクチャーを受けている映像がエンドロールで流れる、というオマケも用意されている。ぜひとも楽しみにしてほしい。
ちなみにフードスタイリストを務めるのは韓国系アメリカ人のロイ・チョイ。彼はフードトラック文化の創始者の一人で、韓国系メキシカンフードトラック「Kogi」のシェフである。彼のトラックにあるメニューは“スパイシーポークタコス”や“キムチ・ケサディーヤ”など既存の概念に捉われない自由な発想のメニューばかり。コチュジャンやライム、シナモンといったエスニックな食材を好んで使っていたカールはロイ・チョイ本人の分身でもあるのだろう。
ファヴローとロイ・チョイ、二人のスピリットを受け継いだカールとその仲間に魅了されてしまうこと間違いなし。ぜひともお腹を空かせて観に行くことをオススメしたい。
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■出演者
ジョン・ファブロー、ソフィア・ベルガラ、ジョン・レグイザモ、スカーレット・ヨハンソン、ダスティン・ホフマン 他
■監督/脚本:ジョン・ファブロー
■原題:『Chef』
■配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
■2014年/115分
2014年2月28日(土)大ヒット公開中!
公式ホームページ http://chef-movie.jp/
(C) 2014 OPEN ROAD FILMS
【ライター】石井絵理香