(C) 2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED
ジョン・カーニー監督と言ってピンとこない方も、『Once ダブリンの街角で』はご存じの方が多いのではないだろうか。低予算作品として2006年に製作された『Once』は、その完成度の高さもさることながら、主題歌の「Falling Slowly」がアカデミー賞で歌曲賞を受賞したこともきっかけとなり、全世界で異例のヒットを記録した。そんな彼の最新作が『はじまりのうた』。ニューヨークを舞台に、孤独を抱える男女がアルバムのレコーディングのために奔走する音楽ドラマだ。
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グレタ(キーラ・ナイトレイ)は売れないシンガーソングライター。長年の恋人、デイブ(アダム・レヴィーン)の楽曲上のパートナーとしてイギリスから渡米してきたが、メジャーレーベルと契約が決まるやいなや、彼の浮気が発覚、破局。深く傷つき故郷への帰国を考えていた。一方、かつて一世を風靡した音楽プロデューサー、ダン(マーク・ラファロ)は仕事をクビになり別居中の家庭もうまくいかない。自殺を考えたある日、偶然彼はバーでグレタの歌を耳にする。楽曲のヒットを確信した彼はグレタに、ニューヨークじゅうのさまざまな名所でゲリラレコーディングをする、前代未聞のアルバムを製作しようと持ちかけるが…。
主演は『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでおなじみのキーラ・ナイトレイと『アベンジャーズ』シリーズでその名をメジャーにしたマーク・ラファロ。堅物なイギリス人シンガーソングライターと、やさぐれた生活を送る音楽プロデューサーを好演している。正反対の二人がああでもないこうでもないと言い合いながらアルバム製作に奔走する姿には、思わず笑みがこぼれてくること必至。恋人や家族とうまく距離感をつかめず、次の一歩を踏み出しかねている彼らの姿には、思わずいつかの自分の姿を重ね合わせてしまうだろう。
本作はそんな、いわゆる“負け組”の再起を描いた作品だ。
愛すべき“負け組”たちは映画のなかで“日常に潜む小さなしあわせ”に改めて気づかせてくれる。中盤のグレタとのデートの際に、道行く人を眺めながらダンはこんな言葉を口にする。「これが音楽の魔法だ。陳腐でつまらない景色が、美しく輝く真珠になる」。本当にその通りだと思う。私たちも、日常のふとした瞬間にいつもの景色がまるで一枚の写真のように、とても美しいものを見ているように感じることがある。わざわざピックアップするほどのことではないのかもしれないが、確かに普段は見落としがちな、ささやかだけど幸せな瞬間だ。この素朴で温かい視点が、本作もといカーニー監督自身の魅力なのだと思う。
ちなみにこのシーンで、グレタとダンはお互いのプレイリストからお気に入りの曲を教え合いながら、夜の街を歩き回る。ブロードウェイのネオンのなかを歩きながら、フランク・シナトラやスティービー・ワンダーの楽曲が彩るこの印象的なデートシーンは、近年まれにみる楽しさで個人的には『(500)日のサマー』のIKEAデートを凌ぐ勢いだった。文化系カップルの新たな憧れのデートプランになるのでは?と予想している。
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そしてもちろん、本作の影の主役はなんといってもニューヨークという街。地下鉄やエンパイアステート・ビル、セントラルパークなど、演奏隊はさまざまな場所でレコーディングをするが、ほんの数ブロック離れただけで雰囲気や人がガラリと変わる様子に改めて驚かされる。住人の生活音や道を行き交う車の音、子供たちの遊び声、そういった音をすべてひっくるめて録音された楽曲たちは、まるでニューヨークという街のエネルギーをそのままパッキングしているかのようで、聴いているだけでわくわくしてしまうこと請け合いだ。
ちなみに『Once』と同じく、今回も主題歌の「Lost Stars」はアカデミー賞の主題歌賞にノミネートされている。授賞式当日はアダム・レヴィーンによるパフォーマンスも決定しているので、ぜひ2度目の受賞を期待したい。
<CREDIT>
■出演者:キーラ・ナイトレイ、マーク・ラファロ 他
■監督/脚本:ジョン・カーニー
■配給:ポニーキャニオン
■2013年/104分
2014年2月7日(土)全国ロードショー
公式ホームページ http://hajimarinouta.com/
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【ライター】石井絵理香