英国史上、もっとも内気な王。
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個性的なキャラには事欠かないイギリス王室史から、またひとりの逸材が発掘された。その人の名はジョージ6世。娘の(現女王)エリザベス2世の栄光のせいで歴史の影に隠れがちな王様ではあるものの、逆境を耐え忍ぶその姿は、混沌とした現代だからこそ力強い共振をもって観客の心に迫ってくる。
本作は幼い頃から「自分がここにいていいんだろうか?」とその正当性を問い続けてきた王様のお話だ。ジョージ5世の次男として生まれ、継承順位から言えば兄に次ぐ立場。国家や民を思う心は人一倍なれど、彼には幼いころから抱えた弱点があった。それは言葉を発すると必ず吃音を伴ってしまうこと。今日も国家行事でのスピーチが虚しい結果に終わり、彼は傷心を抱えたまま自宅で娘たち(マーガレット&エリザベス)をしっかりと抱きしめる。
そんな彼の愛妻が、すがるように最後の望みを託したスピーチ矯正の専門家がいた。ロンドンの深い霧をかき分け辿りついた、王家の者にとってはまるで不思議の世界とも思しき薄暗い診療所で、ひとりの豪州男が出迎える。その名、ライオネル。この先、彼とジョージは二人三脚でこの難題に取り組んでいくことになるのだが・・・。
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時代は移り変わる。前王は死に、続く兄エドワードは王冠を捨てて既婚者との婚約(イギリス国教会では禁じられている)に走った。これぞ運命の皮肉。王位はジョージのもとへ巡り、時を同じくしてイギリスには戦争の足音が忍び寄ってくる。。。今こそ国民にとって王の力強いスピーチが必要な時!涙ぐましいコーチングは、はたしてジョージの吃音を克服させられるのか?
『シングルマン』で艶やかな演技を魅せたコリン・ファースが、今回も極めて難易度の高い演技に挑んでいる。アクセル踏んでは急停止する車のごとく、彼の発話はスタッカートに次ぐスタッカート。自分の意見をほんのワン・センテンス表明することさえ困難を極め、ましてやスピーチときたら意味不明の混沌を充満させてしまう逆カリスマぶり。だが被写体に肉薄したカメラワークはジョージの物腰や表情、しゃべり方を克明に捉え、彼の繊細な心の動きを言葉以上の的確さで観客へ伝えていく。
「自分は王にふさわしいのか?」「自分はここにいていいのか?」その想いは日に日に大きくなっていく。しかし、彼は一度たりとも、そこから逃げ出してしまおうなどとは思わない。国民のために粛々と運命を受け入れ、自分のふがいなさに打ちひしがれながらも希望を失わず、前を向いて歩んでいこうとする。
また、主人公の陰影を強めるのが、ジェフリー・ラッシュ演じるライオネルという存在だ。
彼は発話の治療を施すエキスパートである一方、いつの日か俳優として英国の舞台に立ちたいと願っている変わりモノ。だが、オーストラリア人である以上、彼が舞台で英国人のセリフを口にすることは叶わぬ夢に等しい。今日もオーディション会場で演出家にそっけない評価を突きつけられた彼は肩を落として帰途に着く。
ここにも「望むべき場所に立てなかった者」が存在するというわけだ。しかし彼の目前にはいま、神の啓示のごとく新たなミッション=王の治療が突きつけられている。このときライオネルは「自分ならばジョージを救えるかもしれない」ときっと感じ取ったはず。
身分も、出身も、抱え持った宿命もまるで違う。だがジョージとライオネルは互いに人生を、自分自身ではない誰かのために捧げようとする。その宿命を甘んじて受けとめ、ときにはユーモラスに、ときには激しくぶつかり合いながらも、いつしか固い友情でさえ結ばれていく。その意味で彼らは表裏一体を成す存在といえるのかもしれない。
そしてふたりが共に挑むラストのスピーチは、自分ではない誰かのために奏でられるからこそ、あんなにも荘厳に、なおかつ現代の観客の五臓六腑にも沁み渡るほどの誇り高い響きを獲得するのだろう。このハイライトを彩るトム・フーパー監督の演出術にも注目したいところだ。
さて、アカデミー賞授賞式はいよいよ日本時間の2月28日。現時点で作品賞部門は『ソーシャル・ネットワーク』と本作の一騎討ちと言われているが、圧倒的なパワーとスピードでデジタル王国の設立秘話に迫った『ソーシャル・ネットワーク』と、オーソドックスなストーリー力学を駆使し幅広い世代に訴求力をもつ『英国王のスピーチ』。はたして米アカデミー協会の民たちはどちらの王に軍配を上げるのだろうか。
Long live the King !!
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公式サイト http://kingsspeech.gaga.ne.jp/
2011年2月26日(土)TOHOシネマズシャンテ、Bunkamuraル・シネマ他全国順次公開
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【ライター】牛津厚信