アンチ・ガス・スキン(東京フィルメックス 2010.12.01)

東京フィルメックスのコンペ部門にて上映された『アンチ・ガス・スキン』は“恐るべき子供たち”とも呼ばれるキム兄弟が監督を手掛けた異色作だ。ホラーともコメディともナイトメアとも受け取れるこの映画の風体に詰めかけた観客も大いに身をのけぞらせた。

映画はまず不気味なガスマスクを被った殺人鬼の姿を映し出す。その表情は全く見えない。それが人間なのか否なのかさえ分からない。ただ彼(または彼女)の手にした刃物からは、一滴、また一滴と血が滴り落ちている。

殺人鬼は一向に捕まらなかった。貼り出された「指名手配」の人相書きが人々の恐怖を極限まで煽りたてる中、顔に毛が生えたオオカミ少女、ソウル市長候補、スーパーマンになりたいカンフー青年、そして米軍兵士といった4人の主人公たちが、それぞれに激しいパラノイアに蝕まれていく―。

正直、この映画のラストは誰しもの想像を越えた大暴走が展開する。これに付いていけるか、否か、あるいは理解できるか、否か。そういう観客の好みが大きく分かれるところこそ、実は監督の大切な想いや自我が埋め込まれたポイントだったりするわけで、フィルメックスの観客たちもそういう作家主義の特性を充分理解して祝福している様子だった。


それゆえQ&Aではお客さんの問いかけによって作品に込められた監督の意図が次々と明らかになり、ベールが一枚一枚と剥がされ、作品の足元が少しずつ定まっていくのを感じることができた。

なるほど、これは監督から見た韓国の姿だったようだ。

そこには無数の心的、外的問題を抱えながら、そのパラノイアを克服しようと悶え苦しむ国民の姿が投影されている。米軍問題、牛肉問題、政治的、社会的、家族的、宗教的なテーマの数々。そして結論的には「我々が抱えている憎悪の対象はあまりにも実態がない。あるいはあまりにも対象が広大すぎて、特定することが困難だ」というメッセージに行きつくようだ。

フィルムを通してこんなにも切実な韓国人の心象を垣間見たのは初めての経験だった。これぞ映画祭ならではの瞬間なのだろう。

『アンチ・ガス・スキン』 Anti Gas Skin / 防毒皮/BANGDOKPI
韓国 / 2010 / 123分
監督:キム・ゴク、キム・ソン (KIM Gok / KIM Sun)

公式サイト http://filmex.net/2010/

【ライター】牛津厚信


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2010年12月2日 by p-movie.com