幕末の変事を描く時代劇大作
最近、近年の歴史ブームに呼応するかように、新作の中に時代劇が多く見られるようになった。例えば、池宮彰一郎の小説を映画化した「最後の忠臣蔵」、池宮の脚本家・池上金男としての代表作を再映画化した「十三人の刺客」、幕末の薩摩藩士・中村半次郎を描いた「半次郎」等の作品があるが、歴史と正面から向かい合った作品といえば、まず本作が挙げられるだろう。何しろ、茨城県の地域振興を目的に全県がバックアップ。記録文学で名をなした吉村昭の小説を原作に、水戸市の千波湖畔に総工費2億5000万をかけて桜田門外のオープンセットを建立し、それまで史実通り描かれる事のなかった”桜田門外ノ変”とその周辺を再現しようという企画だけあって、本格的な歴史時代劇に仕上がっている。
安政7年(1860年)2月18日、水戸藩士・関鉄之介は妻ふさと息子の誠一郎に別れを告げ、故郷から出奔する。水戸藩の有志たちと徳川幕府の大老・井伊直弼を討つべく江戸に向かった彼は、3月3日の雪の日、桜田門外で井伊を襲撃する。鉄之介を始めとする水戸脱藩士17名と、薩摩藩士・有村次左衛門を加えた襲撃の実行部隊18名は、襲撃計画の立案者で水戸藩尊王攘夷派の指導者・金子孫二郎指揮の下、見事井伊の首を刎ねる。襲撃隊は稲田重蔵が闘死、4人が自刃、8人が自首。鉄之介は、京都へと向う。薩摩藩が挙兵し、京都を制圧、調停を幕府から守るという計画があったのだ。だが、薩摩藩内で挙兵慎重論が持ち上がり、計画は瓦解。幕府側からは勿論、かつての同胞・水戸藩士からも追われる立場となった鉄之介は、「桜田門外ノ変」に至る歳月を振り返る…。
散っていったものたちへの哀惜の思い
監督の佐藤純弥は、「男たちの大和/YAMATO」でも、戦争で散っていった者たちへの哀惜の思いを描いたが、本作でも、激動の時代に日本の将来を思い、行動した無名の人々の生き様を見つめていく。複雑多岐に渡る原作を、関鉄之介を軸にした暗殺に加わった浪士たちの過酷な運命に視点を据える事により、要領よく纏めた脚色が巧みで、それに幕末から明治に至る時代背景がしっかりとかぶさり、硬派の時代絵巻を創り上げている。
歴史の中に埋もれた人々を過剰な思い入れを排したドキュメンタリー的なタッチで描きながら、そこに人間の息吹を吹き込み、現代に生きる我々に”時代”との関わりを鋭く問う。”見終わった後に、今という日本の社会にいかに関わっていけるんだろうと考えてくれれば”と語る監督の思いはしっかりと伝わってくる。
だが、そこは、「新幹線大爆破」「敦煌」等の数々の大作を撮って来たベテラン職人監督。リアリズムで描いた桜田門外ノ変では、集団戦の迫力を巧みに再現。逃亡中の関鉄之介と拳の達人の福井藩士との一騎打ちでは、打楽器の音楽のみを使い、勝負の緊迫感をじっくりと描き出す懐の深い演出を披露する等、娯楽大作の”趣”も忘れていない。
また、出演陣も大作に相応しい実力派のキャストが顔を揃えており、鉄之介役の大沢たかお以下、西村雅彦、柄本明等の演技派が、悲劇的な運命を歩む浪士たちを力演。水戸家当主・徳川斉昭を貫禄たっぷりに演じる北大路欣也、出演場面は少ないながら、事件の要となる井伊直弼の倣岸な人物像を巧みに演じる伊武雅刀等、正統派の歴史大作に相応しい重厚な演技を見せている。そして、男優陣が殆どを占める主要キャストの中にあって、鉄之介の妻ふさ役で清楚な美しさを見せる長谷川京子、鉄之介の愛人で、獄死という悲惨な運命を辿るいの役の中村ゆりが、艶やかな彩りを添えているのも記しておきたい。
桜田門外ノ変
2010年 日本映画 カラー 137分
監督:佐藤純彌
脚本:江良至、佐藤純彌
原作:吉村昭『桜田門外ノ変』
企画:橘川栄作
プロデューサー:三上靖彦、川崎隆、鈴木義久
撮影:川上皓市
美術:松宮敏之
音楽:長岡成貢
音楽プロデューサー:池畑伸人
出演:大沢たかお、北大路欣也、池内博之、長谷川京子、柄本明、生瀬勝久、西村雅彦、伊武雅刀、加藤清史郎
東映配給
10月16日より全国東映系にて公開
公式HP:http://www.sakuradamon.com/
【映画ライター】渡辺稔之